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コインの両替

マレーシアの携帯で投稿。Digiでネットに8リンギ以上使うと、その日はネット使い放題になるというサービスがある(と理解している)が、この投稿だけで8リンギを超えるかどうか。

8月30日。

普通、一般の両替商ではコインは両替してくれないと思う。ある国から他の国に入国するときも、コインの両替をしてくれる所は少ない。(ユーロ硬貨は成田空港で両替できたが、ユーロセントはダメだった)。

しかし、タイのタクバイTak Baiの両替台では、1バーツコインまで、マレーシアリンギ(セン)に換えてくれた。勿論レートは適当。

マレーシアリンギ(セン硬貨)とタイバーツ硬貨が入り混じった財布をかき混ぜながら、タイバーツを見つけて一つずつ出すごとに両替してくれる。1リンギ8バーツぐらいだから、1バーツ硬貨を10セン(0.10リンギ)で買えば儲けにはなる。

それでもタイバーツ硬貨をいくつか残してしまった。1バーツ硬貨は、大きさも色合いも10セン硬貨に似ている。

昨日も一つ見つけてしまった。不浄なものを持っているのに気づいて気分が悪くなった。コタバルの食堂でテータリクとローティチャナイを食したあと、テーブルに捨ててきた。

ドブに捨てても良かった。マレーシアに戻ってから、5バーツ一つを含めて8バーツくらい捨てた。

タイバーツは、硬貨の肖像にふさわしい場所に返すのが良い。

コタバル着。

タイ時間午前11時40分、ナラティワトのタンヨンTanyongホテルをチェックアウト。レセプションにいたのは、カタコトの英語を話す感じの悪い色黒のタイ族女だった。

肌色でどうこう言いたくないが、事実、経験則として、色黒のタイ人女は、人に「イヤーな」感じを与えるのが非常に上手いことが多い。英語をしゃべるのは尚更。タイに旅行するとしても「色黒のタイ女」はできるだけ避けるのが精神衛生上良い。旅行の楽しみにも影響する。

その女に呼んでもらったモーターサイクル(バイタク)で、ミニバスの発着場まで行く。10分ぐらい。40バーツ。

ナラティワトに普通のバス停はない。ミニバスの発着場にはミニバンを改造した大きめの車もあったが、タクバイへ行く車はピックアップトラックを改造した天井の低い乗り心地の悪い「ミニバス」だった。こういうのに乗るのは何年ぶりだろう。インドネシアのアンコタよりはるかに粗末な乗合自動車である。ネパールでも今はこんなのはないのではないか?

幸い乗客が少なかった。ヒジャブをつけた若い女の子が二人、向かいに座ってマレー語の方言らしい言葉で話していた。精一杯おしゃれをしているようだが、全体に薄汚く、とてもみすぼらしい。貧しいだけでなく、社会の辺縁に追いやられていじけてしまっているような印象を受ける。対岸のマレーシアのマレー人とはまったく境遇が違う。

このソンテウ(と呼ばれる乗り物だと思う)はタクバイまで40バーツ。50分ぐらいでタクバイに着く。

タクバイでまず両替をする。9バーツ1リンギでぼり取られた。

タイのイミグレーションオフィスへ行き、スタンプを押してもらった後、再びタクバイの町に戻り、コピを飲み、国境の川スンガイ・ゴロクを渡るボートに乗る。ボートは1リンギ。フェリーもあるが、わざわざ乗る意味はない。ボートは頻繁に出ているし安い。

マレーシア時間、午後2時半ごろ、対岸のプンカラン・クボールに着く。マレーシアの入管窓口でスタンプを押してもらい入国。

窓口はワークパーミットをもったタイ国民もパスポートを持っている者も同じだったが、ワークパーミットを持って入る連中が、ここはワークの窓口だ、とか言って割り込んできたので混乱した。そうなのかと思って、窓口のマレー人女役人に確認すると、頷いたので、いったん列を離れて2階の事務所に行った。スタディか、とか聞かれツーリストだと言うと下へ行けと言われる。

この辺りで気持ちの悪いタイ人男につきまとわれた。気持ちの悪い大きな声で英語をしゃべり、あれこれ話しかけてくる。

プンカラン・クボールで27番のバスに乗り、コタバルに向かう。気持ちの悪いタイ人男も同じバスに乗っていた。離れて座ったが、ネットリ気持ちの悪い大きな声で話しかけてくる。明らかにタイ族である。ところが、母親と妹も一緒にいて、彼女たちはちゃんとヒジャブをしている。ムラユなのかと聞くと、タイだと言う。マレー語は話せるかと聞くと、少しだけという。タイ族ムスリムだった。

午後4時頃、コタバルの市内バス停に着く。

コタバルで一泊することにした。数年前に時々泊まったAzamホテルに入ってみた。以前、バス停近くではこのホテルくらいしか泊まるところがなかったように記憶しているが、周囲に安宿がいくつもできていた。そのせいか、昔より宿代が安くなっていた。老朽化もしているようである。ロビーにだけWi-Fiがある。窓無しの一番安い部屋が74.20リンギ。窓無しだが、ダブルベッドで、かなり広く、エアコンはもちろん、湯沸かし器と無料のインスタントコーヒーなどが付いている。まあまあ快適そうである。Azamホテルは、数年前は一番安い部屋でも80リンギ以上だった。しかも週末は一週間以上前に予約しておかないと泊まれなかった。

タイの陸路入国でビザなし滞在30日もらえた。

タイのビザなし陸路入国は15日になったと聞いていましたが(そのことに怒った白人が暴れて捕まったというような事件も報道されていました)、今回タクバイからの入国で、私は30日もらえました。

ビザなし30日に戻ったのでしょうか。あるいは、入管役人の気まぐれまたはミスかもしれません。他の国境でも同じとは限らないし、このあと陸路でどこかの国に出て、もう一度入国しようとした場合にどうなるかはわかりません。

私は、現在のパスポートにタイのスタンプを捺されるのは初めてです。つまり、キレイなパスポートを持っている、とタイの役人も認識したはずです。

ナラティワトNarathiwat着。

タクバイからナラティワトはタクシーしかない。両替台のマレー人のオバサンがタクシーの周旋もしている。両替レートは、100リンギ860タイバーツだった。

オバサンは、ナラティワトまで300バーツだが、一人だから200バーツでいい、と言ってくれたが、ナラティワトに着いてみると、運転手は、そんなことは聞いていないという風情で、どうしても300バーツだという。

200バーツがなく500バーツ札しかなかったので、払わざるを得なかった。600円と900円の違いだから大きい。この国では、ネパールやインド以上に、しつこく値段の確認をしておかないと、嫌な思いをするようだ。

50分ぐらい走って、午後12時50分ごろ、ナラティワトのタンヨンホテルに着く。タクシー料金で揉めたが、諦めて、すぐにチェックイン。

タンヨン・ホテルTan Yong Hotelは、私が最近泊まったホテルの中では一番の高級ホテルで、立派なものである。一番安いツインルームが690バーツだが、設備にも広さにもケチの付け所がない。レセプションもボーイも、タイのホテルとは思えないほど感じが良く、仕事も速かった。タイ訛りのマレー語も耳にした。

タクバイからナラティワトまでの間には、セキュリティチェックポイントがいくつもあり、イスラム女性の服装について指図する絵が貼ってあったりした。「こういう服装は良いが、こういうのは許さない」といったものである。国王や王族の大きな美化された写真が随所にあり、拝殿のような設備に掲げられていて、通行人や住民に礼拝を強要している。写真の拝殿に捧げ物が置かれていることすらある。偶像崇拝の極みである。この地域は解放されなければならないと強く思った。

タクバイTak Baiイミグレーションを通過。

8月24日。午前11時15分、ようやくタクバイのイミグレを通過。何年ぶりか忘れたが、建物も立派になり、以前は田舎風に親切だった(宿のある町を教えてくれた。ナラティワトと)イミグレ役人も、ますますタイ的な感じの悪い役人に変わっていた。用もないのにもったいつけて、人をまたせる。ハッキリ言わない。

タイ入国は、タクバイの陸路入国でも、出入国カードを書かなければならなくなったようだ。(マレーシアは一切不要)。その用紙も備え付けてあるわけでなく、スタンプを捺す窓口に並んで役人から貰わなければならない。つまり、ニタついてもったいつけて、タラタラ仕事をしているタイ役人のせいで出来ている長い列に、2度並ぶことになる。

イミグレには、これまでめったに見なかった毛唐が何人もいた。何のためにこのイミグレを行き来するのか知らないが、確かにマレーシアに直接空路で来る白人ツーリストとは趣を異にする。タイのファランだ。ナラティワトも荒らされてしまったのだろうか。

マレーシアとタイの国境には、スンガイ・ゴロクという川がある。この川はマレーシア領。マレーシア側、プンカラン・クボール側は、イミグレを出るとすぐにボートの出るジェティがあるが、タイ側のジェティからタイのイミグレーションオフィスまでは、しばらく歩かなければならない。ここでイミグレを通過せずにタイ領内に入ってしまうこともできるが、それをやると後で困るだろう。

現在のパスポートに初めて穢らわしいタイのスタンプをつけてしまった。

しかし、ここはまだマレー世界である。国境近くの茶店でも、「コピオ・パナス」で通用する。タイ式の「しかめっ面」もまだ見ない。

ナラティワト、ヤラ、パッタニは、もともとマレー人のイスラム国家があったところで、タイが侵略・併合し、現在も植民地支配しているような地域である。ちょうど、日本が現在も朝鮮や台湾を併合し続けているようなものである。