Tag Archives: バンドゥン

バンドゥンを出る。クアラルンプールへ

先日Jalan Gardujati沿いにある学校に立ち寄って空港への行き方を聞いた。タクシーだと時間がかかる上、高い。遠回りをしているように見える。空港からJl Gardujatiまでにtoll wayなどないのだが、来た時はtollwayを使うとか言って吹きかけられた。といっても1200円ぐらいだったが。

その学校のジルバップをした女の先生が、空港への行き方を親切に紙に書いて教えてくれた。が、一昨日ツイッターで空港(Bandara Hussein Sastranegara)のアカウントに聞いてみると、それは全く間違いだった。

地図で見てもJl Gardujatiから空港までは近い。歩いても行けなくはない距離である。アンコタを乗り継いで行くのが良い。

まずJalan Gardujatiから黄色いアンコタでIstana Plaza Mallの手前にある交差点まで行き、そこを左へ曲がり緑のアンコタに乗り換える。空港の門の近くで降ろしてくれる。アンコタは頻繁に通っていて、そこまでは20分ぐらいで行ける。空港の門からの歩きが長い。15分ぐらい歩いてようやく空港ビルに着く。その間に、大学などがある。

バンドゥンのフセイン・サストラヌガラ空港は、小さな空港だが、係員も入管役人も、世界にこの上ないくらい親切で、感じが良かった。マレーシアや日本やその他の多くの国のように、役人でもない係員や航空会社職員まで役人風を吹かせている、というようなことはまったくない。入管役人のおじさんがこんなに感じの良い空港は珍しい。

バンドゥンの空港の無料待合室

フセイン・サストラヌガラ空港ビル

2時間ほどの飛行でクアラルンプールKLIA2に着。時計は一時間進む。チャイナタウンのWheelersゲストハウスに入る。予約しておいたエアコンと外窓付きの部屋に他の客を入れていた。一日分タダにさせる。

バンドゥンも寒い

バンドゥンも、夜、特に朝方冷え込むので、「東南アジア」だと思い込んで薄着で行かないほうが良いです。セーターやフリースジャケットを持って行ったほうが良いと思う。

冷え込みはGarutとあまり変わらない。チパナスはもっと寒いが、宿の部屋に常時温泉が出ているので、部屋が冷え込むということはあまりないかもしれない。チパナスは部屋に厚めの毛布がついていたが、バンドゥンの宿は、多少暖かいということか、薄い布一枚しかついていないので、フリースやウインドブレーカーを着込んで寝た。それでも寒かったので、今夜は薄い毛布をもう一枚頼もうと思う。

バンドゥン辺りでは、身体を温める飲み物が伝統的によく飲まれているようである。バンドレックBandrekやバジグールBajigur以外にも、Kopi Jahe(生姜入りコーヒー)なんていうのもある。ミルク砂糖入りのインスタントコーヒーに生姜を混ぜただけのものだが、なかなかおいしかった。

バンドゥンのこのホテルは、チパナスのGiga2よりもネットの接続が悪い。

ガルッGarutを出る。バンドゥンへ

6日午前11時頃、GarutのWisma LEC Garutをチェックアウト。すぐ近くのバスターミナルで、バンドゥンCicaheumバスターミナル行きのバスに乗り込む。バスは11時20分ごろ発車。バンドゥンまで25000ルピア。同じようなポンコツのローカルバスで、行きは20000ルピアだった。チパナスまでだったからか?

今日も日射しは強く良い天気だが、暑くはなく、みな長袖の上着を着ている。

インドネシアへ来てから雨の降られたことがない。毎日晴れだが暑かったこともない。

午後1時50分ごろバンドゥンのCicaheumバスターミナルに着く。すぐに近くにいたCibereum行きの市内バスに乗り込む。市内バスの方があたらしく豪華で綺麗で大きい。冷房も入っている。バスはすぐに出発した。

バンドゥン市内は相変わらずひどい渋滞で、Jalan Gardujatiまで1時間以上もかかった。前と同じHotel Citraの同じ部屋に入る。どの部屋も一泊150000ルピア。

ホテルCitra(チトラ)のチュチュさん。

バンドゥン、ジャラン・ガルドゥジャティGardujatiのHotel Citraの(支配人らしい)日本語を話すおじさんの名前はチュチュさんという。

日本人の客はほとんど来ないというが、8年前にここに泊まった時とおなじく、かなりの日本語が話せる。若い時に覚えたのだろうか、どうして日本語を覚えたのかは聞いていないが、使わないのに忘れてしまわないのが不思議である。

この人も華人で(一応)クリスチャンということになっている。しかし、顔立ちは華人には見えない。どちらかといえば白人混血のアジア人に見えるが、父親が華人で母親は土着系のインドネシア人だという。

私がどちらかといえばネトウヨだったころのブログ記事の残骸より。
http://blog.livedoor.jp/ali_bin_ibrahim/archives/51720343.html

もし日本が攻めて来なかったら、ジャカルタではなくバンドゥンがインドネシアの首都になっていた、とか言っていたようだ。確かにそんな話を聞いた記憶がある。

8年前はよく話す人だったが、今はあまり話しかけてこない。こちらから話しかけると喜んで付き合ってくれるし、近郊の観光地への行き方も日本語で親切に教えてくれる。

私が8年前にも来たことはまったく忘れられていた。(当然か)

チュチュさんが日本語を覚えた事情も以前のブログに書いてあった。すっかり忘れている。自分のブログを読むと昔は一生懸命文章を書いたんだなあと思う。
http://blog.livedoor.jp/ali_bin_ibrahim/archives/51720339.html

両替屋

バンドゥンの両替屋のある通り。

image

のんびりした雰囲気で、フリードリンクの機械があり各種コーヒーやミロなどが飲める。モカチーノを飲んでみたら美味しかったので2杯もらった。フリーWi-Fiも使える。お金の数字が大きく札の数が多くなるので、多少待たされることになる。さすがにWi-Fiは使わなかった。インターネットはスマホで主にメッセンジャーを使うのみ、という人が圧倒的に多いので、短時間でもWi-Fiがあれば電話代の節約になるのだろう。1日本円=106ルピアだった。

さすがに通り沿いは車の排気ガスがひどくなるが、マレーシア並み。屋内の空気はマレーシアより良い。