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(5月22日)ネパールで初めて見た。コレ

バサンタプルの丘の上で。丘の上で寄り添う恋人たちというのを見ないので、どうしてかと思ったが、夜中に来てやる人もいるみたいです。しかし、他のゴミは多いがコンドームは初めて見た。ネパールの田舎町は男女関係にはすごく堅い。若い男女のカップルが一緒に茶店に入るも見ない。

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聞く所によると、学校に通うのに何時間も歩かなければならない山村では、生徒は朝4時ごろに家を出たりしなければならないが、まだ薄暗い道すがら一緒に学校に通う相手と合流してまぐわっているのを見たとか、ダウラ取りに別々に出かけてジャングルの中で合流しまぐわうとか。

ネパールの山村は、男女関係にはうるさいところです。ちょっとしたことですぐに噂が立ち、町中に広まってしまう。

バサンタプルを出る。ダラン着。

今朝6時のバスでバサンタプルを出た。ちょうど2か月(と1日)バサンタプルに滞在した。ネット環境が悪く、車が多くなって砂埃が立つようになり、さすがに終盤は退屈したが、自分のアパートでもあれば何か月でも籠もっていられるかもしれない。

午前2時に起きて、停電で真っ暗な中をアンナプルナホテルの裏木戸を開けて外に出て、ブルケダラの水場まで行き、全裸になって冷水浴をした。外は寒く、風も吹いていたが、水を浴びている間は寒く感じない。裏木戸の錠前は予め頼んで開けておいてもらった。

町並みはどんどん変わっていくが、ローカルバスは相変わらずポンコツで、乗り心地が悪い。ダランまで5時間。280ルピー。

途中で何度も休憩し、バス停などない所で客を乗せたり降ろしたりしながら、午前11時きっかりにダランのバスパークに着いた。標高2200メートルのバサンタプルから標高400メートルほどのダランへ5時間かけて降りたのだが、最後の1時間で1000メートルくらい高度を下げた。

バサンタプルからヒレまでの2時間が一番長く感じた。道が悪いからだろう。バサンタプルとヒレの間にあった小さな宿場が大きな町になっていた。ヒレは10年前の面影は全くなくなっている。(グーグルマップではHileが「ハイル」となっているが、ヒレである)。バサンタプルに住んでいたある若い亡命系チベット人女性(ヤンジ)は、「ヒレはタマンが多いから嫌いだ」と言っていた。一見同じように見えるチベット仏教でも、タマン族のチベット仏教とシェルパのチベット仏教とは別物らしい。宗教的に近いからかえって嫌いということもあるのかもしれない。タマンは洗練された感じのする人が多く、美男美女が多いが、シェルパ(東部のチベット人のことである)はゴテゴテした顔の人が多い。ヒレには何とも言えないトゥンバのオブジェができていた。

ダランは当然ながら暑い。町はすっかり変わってしまって、バスパーク、クロックタワー付近を除けば、数年前の面影はない。芭蕉のいっぱい生えたドブ川沿いに数件あったローカル茶屋は全滅していた。大きなスクティを作っていたタマンの店も見当たらない。若い女性の姿はカトマンドゥより洗練されていてオシャレである。暑いせいか、ネパールで数年前まではほとんど見なかった、「スカートに生足」の若い女性も見かける。

数年前まで時々泊まったNava Yugホテルに入る。シングル、バスルーム付、外窓なし、の部屋が700ルピー。600に負けてもらった。Wi-Fiなどはない。(今はバスパーク近くのカフェで書いている)。

ダランに来て、日本を出てからずっと起きていなかった「自分の声が右耳に響く症状」が再発した。疲れたせいか、気圧の変化のせいか。

ダランはそんなに面白いところではない。ヒマラヤ・グリーンティーというお茶屋が目を引いた。砂糖を入れない。ローカル客に人気のようだった。客のマナーはネパールだが、カーストを問わずみな砂糖を入れずにお茶を飲んでいた。東南アジアよりは進んでいると思う。東部ネパールならではの店だろうか。店主はリンブー族だった。写真を上げる予定。

チェトリ、バウンはやっぱり最悪だ。

ネパールに定住している日本女性は、たいていチェトリかバウンと結婚している。ネパールに男漁りに来る日本女の目的もたいていこれら所謂アーリア系カーストの男と遊ぶことである。

今回ネパール東部丘陵の町バサンタプルに約2か月滞在し、やはりチェトリ、バウン(特にチェトリ)は最悪のおそらく遺伝的(相伝的)な差別主義者であると実感した。以前、アーリア系の方がマシだと書いたこともある。そういうことを感じることも全くないではないが、たちの悪い差別意識はやはりアーリア系が持ち込んだものだと改めて思う。

私はこの町には何度も来てそのたびに長期滞在しており、顔なじみも多い。大抵の人が一人だけいる外国人は日本人だと知っている。だから、たいていの人は私を見かけても(内心どう感じているかは知らないが)特別な反応はしない。ところが、一部のアーリア系は別である。

ヨーロッパには長く滞在したことがないので嫌な思いをした経験もないが、イランやアルメニアでは、しばしば子供に「チンチャンチョン」をやられた。これらの土地では東アジア系自体が珍しいのだろう。

バサンタプルで、私が通りかかるたびに「ヘーイ、ジャパニーズ!ナンタラカンタラ(侮辱の言葉だと思われる)、ハッハッハー!」としつこくやってくる少年たちは、チェトリかバウンか知らないが(無教養ぶりからしておそらくチェトリ)、かなり純度の高い(白人風の)アーリア系のみのグループである。明らかに人種的またはカースト的な優越意識をもって日本人を見下し、笑いものにしていると感じる。完全に無視しているが、やめようとしない。とにかくしつこい。

親や親族がそういう教育をしているから、こういう嫌がらせををしつこくやるのである。「ジャパニーズ、ヒソヒソ」というのはどこでもあるが、モンゴロイド系カーストにここまでしつこくやられることはない。

一度その中の一人を(どいつでもいいが)不意打ちして袋叩きにして半殺しにしてカタワにしてやろうかとも思うが、警察はチェトリが多いし、ネパール人全体を敵に回しかねないので躊躇している。

「白人効果」の補足

先日の記事で、『私が日本人で彼女はスペイン人とわかっているのに、「国は同じなのか」という錯乱した質問を真顔でする者もいた。』と書きましたが、この人は別に錯乱していたわけではなく、正気でこの質問をしたのかもしれません。

つまり、彼女が「スペイン人」であるということは、スペイン人というカーストの人、ということであり、わたしが「日本人」であるということは日本人というカーストに属する人であって、カーストは違っても国(デス)は同じかもしれない、と解釈したのかもしれないからです。

ネパールは多民族国家で、様々なカースト(所謂人種、民族、種族、部族、一族)が混住している国です。バサンタプルのような山の中の小さな町でも、白人(西洋人)そっくりな人も見かけるし、日本人そっくりの人や東南アジア系に見える人、インド独特と思われる顔立ちも見ます。さまざまな遺伝的特徴をもった人々が同じネパール人としてネパール語を話して共存し混住しています。

白人そっくりに見える人も、目つきや仕草、雰囲気や立ち居振る舞いなどで、すぐにネパール人とわかることが多いです。

ただし、中には、本当に西洋人にしか見えない人もいます。そういう人に限って、生粋の田舎者であることが多いようです。ネパールの都市文化にもインド文明にも晒されていないため、ネパール人共通の目つき、仕草、立ち居振る舞いが身についていないからのように思います。先日、Yakホテルに卵を卸しに来ていた人は、どうみても西洋人にしか見えなかったので、在住の白人かと思って英語で話しかけてみましたが、一言も通じませんでした。ネパール語は完全なネイティブのようでした。近在の田舎で鶏を飼っているチェトリなのか、鶏卵を商っているインド人なのか、とにかく、西洋人でないことは確かでした。

ネパール人には目の黒くない人も多く、所謂モンゴロイド系カーストにも日本に連れてくれば「ガイジンみたい」と言われそうな人も多くいます。

このようにネパールは、田舎町でもいろんな遺伝的特徴をもった人々が(互いに毛嫌いしながらも)混住している国なので、白人の「顔立ち」に対する違和感、憧れ、コンプレックスは、日本ほどはないと思われます。白人ツーリストが来た時に大騒ぎしたのは、主として服装や仕草、立ち居振る舞い、行動様式が現地人と大きく違うからだと思います。(女の一人旅も含め)。

なお、ネパールの田舎に西洋人そっくりの人がいるのは、イランに目の青い人がいるのと同じような理由であって、日本や東南アジアにいる最近の白人混血の人とは違います。