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チパナスを出る。ガルッGarutへ

午前11時頃チパナスのGiga2をチェックアウト。良い宿だった。但し良い部屋は少ない。私の入った部屋が良かった。

平日は一泊110000ルピア。1100円弱。週末、土曜日だけは210000ルピアになるので、土曜日にチェックアウトするのが合理的である。

前の道を頻繁に行き来するアンコタ(ワゴン車のミニバス)でGarutに向かう。

30分ぐらいでGarutの市内に入る。8年前の記憶では緑豊かな田舎町という印象が残っているが、道路はバンドゥン並の渋滞である。

乗客が私一人になったところで降りるように促される。「スタシオン」に行きたいと言ったのがいけなかったのか、スタシオンはすぐそこだと言われて降りたところは、バス「ターミナル」からは遠く離れていた。チパナスからガルッまで4000ルピア。

降りた所にお巡りがたくさんいたので聞いてみると、またアンコタに乗り換えなければならないという。警察官は地元業者の周旋もする。多少の距離なら歩いて行きたいから道を教えてくれと言っても、「彼についていけ。そしていくらいくら払え」というようなことを言うので、振り切って歩き出すと、今度は追いかけてきてアンコタを拾ってくれた。運転手は3000を吹きかけようとしたが警察官が2000ルピアにさせてくれた。2000がローカル価格なのだろう。

10分ぐらいでガルッのバスターミナルに着く。ここからバンドゥンやジャカルタ行きのバスも出る。

しかし、私は最初から、今日バンドゥンに向かうつもりはない。バスターミナルの近くにはたいてい宿があるから、ホテルを探す。この辺の住人は本当に親切である。その辺の人に教えてもらい、バスターミナルから徒歩10分ぐらいのところにある古いが大きくて静かなホテルに連れて行ってもらう。Wisma LEC Garutというホテルにチェックインする。

Wisma LEC Garutは一泊85000ルピア。安い。部屋も、シャワー、トイレ、窓が一応あり、狭くもなく悪くない。

Wisma LEC Garutは、スタッフは大変親切で感じが良い。バンドゥンからクアラルンプールへ帰る飛行機はもうweb checkinしてあるが、ボーディングパスをどこかで印刷しなければならない。レセプションに頼むとカウンターの中のパソコンを使わせてくれて、印刷もさせてくれた。しかもお金は請求しない。Windows7しかなく接続も悪いがGmailは開くことができた。Wifiは部屋では使えない。レセプション前のみ。

Garutも涼しい。上着を着てちょうどよいくらいの気温。

チパナスのマスジッド

ジャワ島の小さな温泉街チパナスCipanasに2つぐらいあるマスジッド(モスク)の1つ。

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チパナスは、私のが来てからこの2週間まったく雨が降っていないが、道路はところどころ濡れている。自然にお湯が湧き出しているから。安宿の風呂場も常時お湯を垂れ流しているのが基本。冷水が出る安宿を見つけるのが難しい。私が泊まっているGiga2は安くて冷水も出る。(そんなに冷たくはない)。気候は涼しく昼間も上着を着ている人が少なくない。朝方は冷えます。

バンドレックBandrekとバジグールBajigur

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いずれもスンダ地方の伝統的な薬湯。

この辺りは赤道直下に近いとはいえ、高地であり、朝晩冷えるので、体を温める薬湯が好んで飲まれる。

バンドレックはほぼ黒糖の生姜湯に近いが他の香辛料も混ざっているらしい。成分表示にjahe dan rempah – rempahとある。

バジグールの方は飲食店のメニューにはあまりない。8年前には飲ませてもらったことがあるが、味は忘れてしまった。当時の記録では、バンドレックほど強くないとある。成分表示にはjaheがなくrempah – rempahだけ。

8年前のチパナスはバラックのような屋台が並んでいて、若くて可愛くてしかも愛想の良い女の子がたくさんいるところだった。あまり商売げもなく気軽に話せる雰囲気で、コーヒーを飲んだり飯を食べたりしているだけで楽しかった。

今のチパナスはすっかり観光地化してしまった。店にいるのはおばさんばかりになり、若い女性を見なくなった。以前のように店番の可愛い女の子とカタコトのインドネシア語で無駄話をして時間を潰す、という雰囲気でもなくなった。若い女性はジャカルタに出てしまうのだろうか。

以前(8年以上前)はこんな可愛い女の子がチパナスの中心部で小さな食堂をやっていた。

チパナスのラニちゃん
http://kuantan.blog74.fc2.com/blog-entry-119.html

8年前に泊まった宿

2006年と2007年にチパナスに来た時は、毎日のように宿を変えていたので、多くの場所に泊まったはずだが、今も残っているところはあまりないようである。

ポンドク・プルバサリ
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http://kuantan.seesaa.net/s/article/196583409.html
この記事では「プルサバリ」と書いているが、プルバサリの間違いなのだろう。

その他、
http://blog.livedoor.jp/ali_bin_ibrahim/archives/51720282.html

チパナス・インダ
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Hotel Tirta Gangga
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ここは8年前でも30万ルピアくらいした。

Liaに会えた。

チパナスは8年前とはすっかり雰囲気が変わってしまった。当時は中心部がロータリーのようになっていて、周りにバラックのような小さな食堂が並んでいた。その中の1つがLiaの店だった。ロータリーは今は駐車場になっていて周りの店も一つ一つが立派になっている。Liaは英語が少し話せるここでは珍しい人だった。

今回最初にここに来た時に声をかけてきた食堂の女の子にLiaを知っているかと聞くと、Liaは知っているが今日は店を閉めて家に帰っていると答えた(と思った)ので、そのうち会うだろうと思って時々中心部の店並みを見に来たが、まったく姿が見えない。

それで今日昼ごろ同じ女の子に、Liaは店を閉めているのかともう一度聞いてみると、一人で店番していたにもかかわらず、すぐにこっちという感じで、町から少し離れた所にあるLiaの現在の店まで案内してくれた。Liaは「ロータリー」にはもういなかったのだ。

Liaの家と店は、チパナス中心部から小路を5分位歩いた所にあった。Liaは家の方からすぐに出てきた。私の顔を見ると(名前以外は)すぐに思い出してくれた。懐かしそうに喜んでくれて、この辺の女性はあまりしないが、握手を求めてきた。ところが、私の方は、Liaの顔を見てもまるで思い出せなかった。

あれから8年も経っているし、彼女は当時もう27、8だった。当時は、愛想は良いが少しシニカルなところがありいつも気だるそうにしていてちょっと暗い感じもある割と綺麗な娘、というイメージだった。昼間狭い自分の店の地べたにダンボールを敷いてふて寝しているように横になっていることがよくあったのを思い出す。体調がよくないように見えた。

今は、相変わらず痩せてはいるが、すっかり日焼けした屈託のないおばさんになっている。よくよく顔を見て昔の面影を探し求める。

とにかく、彼女の方はすぐに私を思い出してくれて、喜んでくれた。私は名前しか覚えていなかったが、彼女は名前は忘れていたが顔を覚えていてくれた。私の髪がその時より少し長くなっているというようなことまで覚えていた。私はそのころどのくらい髪を伸ばしていたのかも覚えていない。相変わらず、少し英語ができる。

彼女は結婚して子供が一人いるということだった。昔のちょっと暗い感じがなくなったのも、生活の安定からかもしれない。相変わらず社交的である。店に夕食を食べに来てくれといわれた。今「ロータリー」沿いの店は、店にもよるが、バンドレックBandrekススが10000ルピアなどという所もある(隣の店はまったく同じものが8000)。Lia の店なら適正価格で出してくれることを期待している。

8年前、Liaはよく店を閉めていた。行きつけだった他の店も今はすっかりなくなり、顔見知りは他にまったくなくなった。当時のチパナスはのんびりしたところだったが、今はすっかり観光地になってしまった。ただ、宿泊施設が多い割には客は多くなく、車が入ってくると客の取り合いになる。

8年前のブログ記事
http://blog.livedoor.jp/ali_bin_ibrahim/archives/51720358.html

チパナスには過去に2回来ていた。1回だけだと思っていた。Liaは当時27、8歳に見えたと記憶しているが、もう30過ぎていたかもしれない。
http://kuantan.seesaa.net/category/10136898-1.html

Liaに初めて会ったのは2006年11月だった。当時もう31歳だった。
http://blog.livedoor.jp/ali_bin_ibrahim/archives/51720287.html