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April 21, 2017 at 07:22PM

白人が優れていることは認めなければならない。ここで白人というのは、必ずしも西洋人に限らず、西ユーラシア人という意味。正統性からいえば、北ヨーロッパの扁平な顔をした白人よりは、イランあたりの白人、彼らの自称であるアーリア人が一番だろうが、あまり血統をうるさくいう必要はない。西ユーラシア人の優秀性である。

これをいうと、必ず感情的に反発する人がいるが、遺伝子的に殆ど変わらないチンパンジーと人間との差くらいのhereditaryな越えられない優劣が、白人と我々の間にはある。遺伝子的にほとんど違わなくても、人間とチンパンジーを区別しないのは外道なのである。

西ユーラシア人が、我々が今人間らしく生きられている思想的な枠組みを作ってくれた。個人の尊厳、自由と平等、友愛と言った理想は、西ユーラシア人なしで人間界に定着することはなかったし、これからもないと思う。黄色人種は、原理原則に基づいて生きるということができないからだ。

黄色人種は、白人に劣っている。白人に奉仕して生きるのが正しい。

こういうと、反発する、つまり、それが本当なら生きる価値がないと絶望してしまう日本人が多い。だから、日本人は弱いのだ。ヒンドゥの被差別カーストの人々を見習うと良い。彼らは自分たちが永久に下位にあることは自他共に認めつつ、自暴自棄になって自殺するようなことはせず、しっかり生きている。彼らの実生活は、日本人が想像するよりずっと過酷である。不可触賤民と言われながら、なぜかレイプはされるし、抵抗することもできないことが多いらしい。ダリット(抑圧された者という意味)の娘に処女はいないと言われる。ヒンドゥでは、少女は清いと考えられるからだろうか。社会的な奴隷である。それでも彼らは生きる。

日本人も彼らを見習い、アメリカにどんなに蹂躙されても黙々と従い、生きていくのが良いだろう。

掃除女はすっかり入れないことにした

ひとこと多い。説教をくどくどと垂れる。支配したがる。嫌らしいニヤケ顔が不快。掃除中部屋をでなければならない。毎朝9じから憂鬱になる。

家主はネワールで、だらしない男だが、言い訳や屁理屈はネパール人の割には少ない方。アーリア系(バウン、チェトリ)のように耐え難くなることは少ない。

ところがこの掃除女はチェトリか何かのように見える。掃除というと被差別カーストと思いがちだが、都会のビルの掃除などはそういうことはもうあまり関係がないのかもしれない。ただ、役所の事業である公道の清掃作業についているのは被差別カーストの人たちかもしれない。

とにかくひとこと多い。優位に立ちたがる。態度がでかい。自分を意識させようとする。しゃべくりで人を嫌な気持ちにさせたことが「勝利」だと思っているフシがある。これらは典型的なアーリア系カーストの特徴。30歳くらいだと思うがすっかり化物化したババアである。

ところが、このババアと6階に住んでいるキレイゴト滞在の日本女とがずいぶん仲が良いようなのだ。日本女はネパール語が得意なようで、よくこの掃除女と長話をしている。日本人にありがちなことだが、この場での立場の違いをわきまえずに下手に出て「甘え」を見せるようなことをすると、賎しい者から軽く見られ軽蔑されることになる。一般に海外で賤しい立場のものに甘く見られて得られるものは何もない。軽蔑だけである。下の者に心を許してはならない。表面以上に「フレンドリー」になってはいけないのだ。フレンドリーな挨拶は、「区別」をハッキリ示すための作法である。

「ボテ」という言葉について

ネパールで言う「ボテ」についてです。

以前、カトマンドゥのバウンから「お前ら日本人はボテだ」と言われたことがあり、一般に「ボテ」は、いわゆる「モンゴリアン」カースト全般を指していう言葉だと思っていました。(元来の意味は「チベット人」のことのようです)。

ところが今日複数の教育のあるバウンから、「ボテ」というのは(「モンゴリアン」カースト)の中でもタマン族(ラマ姓を自称する場合が多い)に限って使う言葉だと聞きました。グルン、タカリ、マガル、ライ、リンブー等々は「ボテ」とはいわないのだということです。

本来の意味の「ヒマラヤに住むチベット人」という意味では、「ボテ」は少なくともネパールでは一般には使われないようです。ほとんどがシェルパ族なので「シェルパ」です。シェルパのなかにも亡命系のシェルパと昔からヒマラヤの南側に住んでいるシェルパ(ソルクーンブ)のシェルパがあり、言葉もアイデンティティも違うようです。

ネパール人はカースト意識もまだ強いですが、ネパール人同族意識もやはり強いようで、少なくとも教育のあるバウンは、モンゴロイド系の少数民族も同族として考えているようです。

なお、ネパール人が今でも使う「モンゴリアン」、「アーリアン」という言葉は、おそらく人種主義的な白人が吹き込んだものだと思われます。支配層のバウンやチェトリを喜ばせるために、あるいは、カースト差別を前提として支配層のバウンやチェトリが白人を喜ばせるために、互いに使いあって(ネパールの)英語に定着しているものだと思います。

今でも世界中の白人が使っている「コーケイジアン」(コーカソイド)という言葉にも根拠はなく、むしろ旧約聖書の解釈に基づく人種主義的な概念です。(神に選ばれたノアの一族を乗せた箱舟は洪水のあとコーカサスのアララト山に漂着した。そこからセム、ハム、ヤフェトの民族が生まれ、白人はヤフェトの子孫だとされる)。

「モンゴリアン」「モンゴロイド」などという概念はますます根拠のないものです。大スンダ(今のマレーシアやインドネシアを含む地域でかつて大陸があったといわれる)の先住民や縄文人がなぜ「古モンゴロイド」などと呼ばれなければならないのか。モンゴルとは何の関係もありません。

現在の人類学説では、人類は一種であり、ユーラシア大陸については、「西ユーラシア人」と「東ユーラシア人」に分けているようです。しかし、目も青く金髪で肌も白いタタール人は「モンゴロイド」なのか、とか、中央アジアや西アジアでは血統的にはペルシャ系でトルコ語化した諸民族が多数いるようですが、彼らは「モンゴロイド」なのか「コーカソイド」なのか、とか、あいまいなところはいくらでもあります。そもそも「人類学」という学問が、白人の人種的な優越性を証明するために作られたものなので、自然人類学自体がいかがわしい学問だと思ったほうが良いと思います。「モンゴリアン」とか「コーケイジアン」という言葉を不用意に使う者を見たら、無教養な人間とみなしてよいです。

 南アジア社会を学ぶ人のために

被差別カースト

ネパールのカーストシステムは複雑で、よくわかりません。日本の学校でもインドのカースト制度について学びますが、北西から侵入してきた「アーリア人」が原住民を征服し、原住民が下位カーストとされた、というふうに単純に覚えていることが多いのではないでしょうか。少なくともネパールのカースト制度は、そう簡単なものではないようです。インドとも違い、「ヴァルナ」という話は聞いたことがない。「ジャティ」というのはよく聞きます。民族もジャティであり、氏姓もジャティで、苗字を聞けばカーストがわかってしまう。職業により、その仕事をしている以上確実にあるカーストに属しているというのがあります。他のカーストの人は参入できないのだろう。参入しようとも思わない。英語にSmithとかTaylorという苗字がありますが、これらの仕事はネパールでは非差別カーストの仕事になります。仕立屋はダマイと言われていた。バサンタプルではよく靴を直してもらいましたが、露天を構えている最下位カーストの靴直し職人の男は色白で白人そっくりの容姿だった。

モンゴロイド系の仏教カーストは一括してバイシャとみなされているようでしたが、カトマンドゥで知り合いだったあるタマン族の若い男は、自分たちは「彼ら」(被差別カースト)の作ったものは絶対に食べないのだと自慢気に語っていた。「彼ら」が触った水も飲まないと。だから、エアインディアなどの客室乗務員はおそらくブラーマンばかりでしょう。床に落ちたフォークを客に拾わせるという話も聞いたことがある。地べたに触ると穢れるからです。

この人はラクシミという人で、英語は一切話さないけどよくしゃべり面白い人でした。私は結構仲良くしていました。ここが自宅で、この仕事をしているというだけでカーストははっきりしています。私はこの家で出されたお茶も飲み、物も食べさせてもらいましたが、水は確かにまずかった。水源に近づけないので新鮮な水が手に入らないのかもしれない。私は「ビデシ」で「ビスワ」なので、この家にも出入りし、チェトリの家にも出入りできた。

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2008年 4月17日

カトマンドゥのタメルなどで早朝道の掃除をしている女の人たちは、Sudraにも入らないカースト外の被差別民(不可触民)なのかもしれない。そのへんはよくわかりません。

前にも書きましたが、豚の商売をしていて豚の屠殺や解体もするモンゴロイド系の人は、保守的なチェトリの家に出入りして女主人と談笑していた。そのチェトリのおばさんは、「ダマイ」が自分の家の前を通るだけで嫌がっていた。そのおばさんにとっては、モンゴロイドの屠畜業者は「穢れ」ではないが、アーリア系の仕立屋は「穢れ」だということになります。


不可触民とカースト制度の歴史

チェトリの人たち

チェトリは、インドでいうクシャトリヤに相当するカースト。バウン(ブラーマン)の次に来るカーストで、ネパール人のいわゆる「アーリア系」の上位カーストの一つである。(もっともネパール人がインドに行くと、カーストに関係なく、ネパール人というだけで被差別民扱いらしい。ネパールは、少なくとも革命前までは、世界で唯一のヒンドゥー教国だった)。
ヒマラヤンタイムズという現地の英字紙の記事によれば、ネパール語はチェトリの言葉を元にして形成されたものだという。そうだとすると、チェトリは、ネパール人を代表するカーストまたは民族だといえる。
チェトリは、上位カーストとはいっても、山村では概して質素で、貧しい人が多いように見える。カースト的には下位になるタマンやネワールのほうが垢抜けていて、お金持ちも多いようだ。先住系のネワールは田舎でも金持ちが多い。身なりも立ち居振る舞いも洗練されていてどこか違うが、他のカーストの人からは嫌われていたりする。ネワールはビルマ語系の民族であり、非アーリア系だが、「ネワールはアーリアンだ」と思っているネパール人も多かった。
チェトリはアーリア系といわれるが(ネパール人は「アーリアン」という)、色の黒い人から白人そっくりの人まで、見た目はいろいろである。
山村のチェトリは、山羊を飼うことを好み、豚を好まない。山羊肉は食べるが、豚肉は食べない。モンゴロイド系のカースト(チベット人を含む)は一般的に豚に抵抗がなく、よく豚を飼っており、豚肉も食べる。

チョウキで。2008年4月11日撮影。

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ラリグラスジュース。
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別の家族。2008年4月11日。

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山羊の毛を刈る。チョウキで。

チョウキで。2008年4月10日撮影。ラリグラスジュースを作るチャンドラカラという子。

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パンチポカリで。2008年4月10日撮影。

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パンチポカリPanch Pokhariはこんな村。標高2850メートル。
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グルビセGhurbiseで。2008年4月10日撮影。

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グルビセはこんな村。
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ジョルポカリで。2010年3月27日撮影。

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チョウキで。2010年3月28日撮影。

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同じく、2008年4月14日撮影。上の写真の2年前。

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屋根裏部屋に上がる入り口。
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屋根裏部屋のベッド。ここに泊めてもらった。
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女性の写真ばかりになったが、男性の写真をあまり撮らなかった。女性のほうが写真に撮られるのを喜ぶので、自然に女性を多く撮ることになる。先進国の人と違って、カメラを持っていると撮って撮ってということになることが多い。今度来るときにはプリントして来てくれと言われるのには困った。カトマンドゥで引き伸ばしても結構カネがかかるから。


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