Category Archives: Timelog

「批判」を嫌う風土

日本社会の忌まわしさのひとつは「批判を嫌う」「批判を忌避する」風土にあると思う。

批判的な左翼が根強いだろうというかもしれないが、それはむしろ、ひごろ批判を忌避されているストレスが出口を求めていて、ある種の人々がそれを「不健全な形で」代弁しているものだと思う。

「批判する」という行為自体を嫌うという人が日本には多すぎる。

私はむしろ「批判のない」「批判性のない」ことが嫌いである。

批判性のない話ほど退屈なものはないだろう。だからいうまでもなく、ブログ等が日記であることと批判、批評であることとは、互いにすんなりと相容れるものなのである。

私は「日付のある紙片」で「日本は同調圧力が強い社会だ」というよくある批判を批判したことがあるが、それはそういう紋切り型の、日本と欧米を対置して「欧米はこうだ式」の批判の仕方を批判しただけである。

そういう批判は、日本においては実は「批判力」がなくて、ウンザリさせる「別の同調圧力」をもたらすだけだからだ。

私はニフティのAboutmeにいるという人がそれほど嫌いではないのだが(あのアイコンはどうかと思うが)、ちょっとしたいざこざがあって、そのことをTimelogというミニブログに日記として書いたことがある。するとすぐさま「批判は慎むべきだ」というような突然のコメントをつけてくる者がいた。

Timelogではそういうコメントを削除できないし、ウンザリさせる相手の顔出しアイコンも管理画面から消せない。ブロックもできない。

その男は、Twitterまでついてきて「俺だよ、本物だ」なんてコメントをつけてきていた。(幸いTwitterは完全なブロックができ、アイコンも消せるので気にならない)。

こういう人間が「待ち伏せ」しているのはTimelogというサイトの特徴なのかもしれないが、日本のSNSなどのコミュニティにおいて日本的な「同調圧力」はさらに強いものになっている可能性もあると思う。そういうコミュニティから何か新しいものが生まれて来ることはほとんど期待できないと思う。

日本には「コミュニティを批判するようなやつは絶対に許さないぞ」という、見えないカルト集団のようなものが存在しているようである。

参考:
http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.com/2009/07/timelog.html
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Timelogのログを強制的に全部非公開にされたが・・・・

不徳のいたすところか、どうもそうらしい。

http://kuantan.timelog.jp/

他の人のはちゃんと表示されている。(比較のために、失礼してulalaさんのTimelogを見せてもらうと、普通はこうなっている)
http://ulalas.timelog.jp/

誹謗中傷(たとえばニフティさんからお叱りを受けた「薄汚い低脳マスかき野郎」とか)をした覚えもないし、特別悪いことを書いた覚えもないのだが・・・・。

特に大事なところだったわけではないのでどうでも良いといえばどうでも良い。

Twitterにアマゾンアフィリエイトのリンクを貼って儲けてる人がいるということを聞いたので、ためしにやってみようかと思ったが、Twitter(リンク込みで140字)だとリンクだけで終わってしまう。それでTimelog(200字プラスリンク)の方でやっていた。

Timelogの人間が気に入らないことがあったとしたら、そのこと以外には思い当たらない。あそこにどっぷり浸かっている白痴みたいなのに付きまとわれたことはあるが、こちらから何かしたことはない。

しかし「メモ」を書いていいんだから、アフィリエイトのリンクもメモはメモ。何が問題なのかさっぱり。

要するにあそこは日本的な仲良しクラブで、仲良しクラブらしい振る舞いをしないやつは締め出すってことだったようです。

ともあれ、このアマゾン検索リンクはとても重宝。検索結果のページに自分のアフィリエイトIDも組み込まれている。リンクの設置も数秒でできる。

これをクリックしてもらっただけではお金は入ってきませんが、そこで何か買ってもらえると若干手数料が私に入ります。今までの実績だと3年で1万円いくかいかないかくらいですが。javariは手数料10パーセントということで、是非買っていただきたいものです。
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日本人は与えられたルールに従うことに向いている。ルールを作ることには向いていない

しばしば言われることもある通り、日本人にはルールを作る才能はない。日本人は与えられたルールに従うことに向いている。

本当は日本人に限らない。一般にアジア人、モンゴロイド系は、ルールを作ることには向いていない。ルールに従うことには比較的向いているが、なかでも日本人は特にルールに従うことが巧みだといえる。ルールを作る才能はないのだ。

ルールに従うことが巧みだといっても、「規範」というものを本当に捉えることは日本人は実は苦手である。

日本人は「命令」に従うことに向いているのであって、普遍的な「規範」を理解してそれに従うことに向いているわけではない。

だから、日本人は世界秩序の形成、世界イデオロギーの形成、世界のルールづくりに口を出そうとすべきではない。日本人には、「ルール」ということの意味がわからないからだ。

日本が欧米の真似をして世界秩序形成に関与しようとしたことは本当に間違っていた。

植民地支配、世界支配、なにより世界の政治秩序の形成は、白人の高度な伝統芸なのである。プロの芸なのだ。アジア人、とくに東(北東、東南)アジア人がしゃしゃり出るべき領域ではない。

欧米の植民地支配は年季が入っていた。年季が入っていたということは、住民の生活を一定水準に高め、原住民が欲しがるような良いものも与え、権利自由もある程度認めて不満が出ないようにする技術にも熟練していたということである。

それに比べたら、100年ほど前に思いつきの真似事で植民地支配を始めた日本の支配がアジア住民にとって過酷なものになるのは当然である。

「欧米のアジア支配より日本によるアジア支配のほうが良かった」などという右翼の主張は本当に恥ずかしいタワゴトである。

だいたいこんなようなことをミニブログTimelogに書いたらいつもはもらえない「星」がもらえました。

TimelogはAboutmeを凌ぐ

肥溜めだった。

日本のウェブは日本社会の反映にすぎない。日本社会の怖さをうっかり忘れてウェブで油断すると、実害はともかく、嫌な思いをすることになる。

反日的日本人がなぜとめどなく生まれて来るのか、「日本が好きな人」たちはよく考えたほうがいいと思う。

AboutmeもTimelogも、Twitterのような「ブロック機能」がない。自分にとって好ましくない会員からの接触をブロックする方法がない。

日本的な「和」の思想なのだろうが、ブロック機能がないために活動的な古参会員によるストーカーまがいの行為がまかり通ることになる。

Aboutmeの場合、「質問への回答」とそれについて来るコメントは(質問を削除しない限り)削除できないが、「ひとこと」などに他人が勝手に付けるコメントは付けられた側で削除できる。

ところがTimelogの場合は、他人からの突っ込み「レス」を一切削除できない。見たくないアイコン画像も自分の管理画面から消すことはできない。

世間一般に向けて「つぶやき」を発信するようなつもりでTimelogをやっているとヤケドをすることになる。

ヌシのような古参会員からいきなり揚げ足取りのような突っ込みが入り、そのコメントに取り巻きたちの「評価」と称されるおべっかの金星がいくつもつくのだ。

Timelogに何か書くということは、「公園デビュー」するということだったのだ。

公園デビューの心構えもなくうろちょろしていたら、当然のように足を掬われるのである。

その古参会員は私の「無礼」が許せなかったらしく、Twitterまで私を追いかけて来てヤクザのように粘着していた。

幸いTwitterは管理画面の作りが良く、望ましくない第三者を無視できるようなシステムなっている。

これが日本だ、私の国だ!

日本が滅んでいくのも無理はないだろう。

Twitterでは、自分がフォローしていない他人の自分宛コメントは管理画面の目立つところには飛び込んでこない(意識的に確認していないと自分宛コメントが存在することにも気づかない形式になって いる)。もちろんブロックもできるし、ブロックしてしまえば過去のレスポンスのアイコン画像も自分の管理画面内からは一切消える。

http://twitter.com/ali_bin_ibrahim

Timelogも百姓 「批判はすべきでない」という突然の「レス」に星が二つ

日本のネットが「残念」なのはネトウヨのせいばかりではない。

ネトウヨを含む広範な百姓層の馴れ合いの場になっているからだ。

日本のネット空間のほとんどは、右であれ左であれ、 百姓どもの馴れ合い共同体のブロックで占められているからだと思う。

知識層の集まるところでも似たり寄ったりだろう。児童公園や給湯室と変わらない。「上の人」が出てきていないのではなく、彼らも給湯室OLと同じように振る舞うのだと思う。知識によって風土が変わるはずもない。

携帯なのでリンクを貼れないが、3つ前の記事の「アバウトミー」のことをTimelogにちょっとだけ書いたら、事情を知るはずもない見ず知らずの人間から「人の批判はすべきでない」という説教「レス」が付いて来た。

これも「批判」ではないのかと思うが、そのレスには早くも「評価」の星が2つ付いている。しかもシステム上この人間をブロックも出来ない。

この人間が日本のネット共同体の気分をよく代弁しているのだと思う。

すなわち「批判」はいけないが、「批判をするな」と説教することは奨励される。

「和」を乱す「ブロック機能」は採用されない。

その上で「評価」制度によって思想の統制が推し進められていく。

つまり「批判」はよくないが給湯室式のあうんのイジメめいた方法で「わからせる」ことは奨励されるのである。

こんな言論の風土にろくなものが生まれるわけがない。

百姓の言葉というものは、口から自動的に流れ出る液体のようなものである。彼らは考えてしゃべるのではなく、自動的に排泄するようにしゃべるのだ。考えなくていいということを許された「排泄の空間」が彼ら百姓の言葉の世界なのである。

だから「批判するな」と突っかかっている自分は今まさに「批判」をしているのではないかとは思いも至らない。百姓は反省とは無縁であり、自分が今言っていることの意味も実はわかっていないし、考えたこともないのである。

ともあれ、このブログは「航海日誌と批判」である。

日本が「批判」を嫌う社会である限り、日本は徹底的に批判されなければならない。日本の百姓共同体性は根本から破壊されなければならない。