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白人のいる風景 【 犯罪】 東南アジア 某所にて 2007年4月26日撮影 [crime] White Sex Tourists in S.E.Asia

【犯罪】 東南アジア某所にて 2007年4月26日撮影 [crime] White Sex Tourists in S.E.Asia

コメントのしようがない。.

これでもまだ「東南アジアで児童買春しているのはほとんど日本人」などと言い続けるつもりだろうか。それは自虐というよりむしろ「うぬぼれ」といったほうがいいくらいである。

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いま東南アジアでこんなことをしている日本人はまずいないだろう。もちろん最近急に白人がこういうことをやり始めたのでないのは言うまでもない。

白昼堂々とこのざまである。この刺青したごろつきたちは「孤児と遊ぶボランティア」だとでもいうのだろうか。

東南アジアの児童買春は今なお非常に深刻である。かつて日本人などアジア系セックスツーリストが児童を買っていた「置屋」での児童買春の取り締りがすすみ、「子供を買っているのが白人ばかり」という状態になったことによって事態は却って深刻になっている、とさえいえるだろう。白人がやる悪事は有色人種の悪事と違い、マスメディアにさらされ強く批判されることが少ないからである。

被写体の「ココログ掲載」許可あり。

ウソだと思うなら本人たちに聞いてみればいい。

くだらない難癖つけてこないように。

つくづく思うのは、もしもこの海兵隊野郎がモンゴロイド系か黒人で、手を引かれて連れて行かれていく少女が白人だったとしたら、世の中どんな大騒ぎになっていたことだろうかということ。想像してみて。場所はヨーロッパの最貧国でもいい。

もしそのような現実があるとしたら世界中の白人メディアが殺到するだろうが、その前にただちに権力が動くだろうから(もしその国の権力が動かないときはアメリカのゲバルトが)、そのような現実がおびただしく展開するということはほとんど考えられない。

しかし、こういう(肌色逆の)写真一枚が流出したとしたらどんな大騒ぎになるか。そういう写真一枚で白人メディアは連日の狂騒を引き起こし、国際的な公的機関を動かすに十分だろう。

植民地主義時代以来の世界の枠組は今もなお健在である。

これらについて少し想像力を働かせてみれば、「人権」も、「女性の権利」も、フェミニズムも、「子供の人権」も、(子供の)「性的自由」も、なにもかも、これらのお題目は「白人の世界支配」という構造の中でのみ存在し機能しうる、白人イデオロギーに過ぎないということがわかるはずである。

(この記事はリンクフリーです)

http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/05/ranon_kaw_thaun_2b26.html

今日はハーティエンを出る。

カントーまで行く予定。一日でホーチミンまで帰るのはキツイ。行きは結局12時間かかり、ハーティエン到着が夜の10時になってしまった。カネはかかるかもしれないが、カントーで一泊し明日ホーチミンに向かうのが無難だと判断した。

ハーティエンはのんびりできる良い所だった。歩き回ることもなく、波止場さえ見に行かなかったが、露天のコーヒーだけで十分だった。ホーチミンの露天では飲めない味。ホテルHoa Hiepも一泊12万ドンで、窓もバルコニーもあり、エアコンなしでも快適なところだった。

ベトナムは期待していなかったが、これまで見た限り、良いところである。次は北部も見てみたい。

タイのようなセックスツーリズムは見ない。ラオスやカンボジアのような汚いバックパッカーの群れも見ていない。その意味でも、気分がよかった。

ただ、北部はまだ見ていないのでどんなところかわからない。

「北部」に関して、タイの例だと、南部よりも北部のほうが風紀が乱れていた。山岳少数民族の搾取により物価が安く、そのために、汚く無作法な白人バックパッカーや古事記のような卑しさ丸出しの日本人長期滞在者・在住者も目立つ。エグいセックスツーリズムが顕著であった。チェンマイでは、公道から見えるオープンカフェで真っ昼間からタイ人契約売春婦の乳を揉んでいる白人オヤジも見たし、花売の少年少女に金額を提示して平然と買春の誘いをかける若い白人も見た。結局、外国人ツーリストが、貧しく法的地位も不安定な少数民族が多く、それゆえに物価も安く(奴隷労働が使えるので安くなる)売春(人身売買的な児童売春)の盛んなタイ北部地域に狙いをつけて搾取に来るのだが、タイ国家もそれを歓迎しているのである。ベトナムがそういう国でないこと、そういう国にならないことを期待したい。

結婚はセックスではありません。

結婚はセックスではありません。

結婚は神聖なものです。

結婚したからといってセックスしなければならないわけではないし、結婚しているからといってセックスしなければならないわけではありません。結婚イコールセックス、ではありません。

結婚とセックスとを明示的に結びつけたのは、パウロです。結婚をセックスの手段にしたのはキリスト教です。キリスト教の成立とともに、キリスト教徒の社会では、結婚はセックスに従属するものになりました。

パウロは、できれば結婚もしないほうが良い、と言っています。しかし、もし自分を抑制することが無理なら、「淫らな行いを避けるために」、結婚したほうがマシだ、と言うのです。「情欲に身を焦がすより、結婚したほうがましだからです」とはっきり言っています(コリント7)。なんという穢らわしい結婚観でしょうか。

けれども、キリスト教社会以外の普通の健全な社会では、結婚は神聖なものであり、淫らなものではありません。

最近では廃れたようですが、ネパールの一部アーリア系カーストの伝統には、子供のうちから結婚する(させる)習慣がありました。しかし結婚したからといってただちにセックスするわけではありません。夫婦として社会の一部になることが重要なのです。人生経験を積んで知恵がつくほど自由意志で結婚することが難しくなるとすれば、これも共同体を守る知恵といえるかもしれません。しかしそれは男女のカップルを基本とする社会を守るという意味であり、結婚は要するにセックスだということではありません。結婚しているからといってセックスするわけではなく、むしろセックスとは無関係に夫婦として暮らしていくことを子供のうちから学ぶのでしょう。

まともな社会では結婚は神聖なものであり、セックスのことではないのです。欧米のキリスト教徒による児童婚批判は、いやらしい考え方に基づくもので、誤りです。

2007年春ころ、クアラルンプールの中華街で見た光景

これをどう解釈するかは人それぞれかもしれませんが。
東南アジアではわりとよく見るような光景です。

http://kuantan.bo.lt/KL_chinatown1
http://kuantan.bo.lt/Kl_chinatown2
http://kuantan.bo.lt/KL_chinatown3
http://kuantan.bo.lt/KL_chinatown4

http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-116.html



世界ふれあい街歩き 東南アジア/ベトナム ホーチミン・マレーシア クアラルンプール [DVD] 出演 田畑智子(ナレーション)、 矢崎滋(ナレーション)

プエルト・プリンセサのマーケット近くで、白人男が地元幼女の肩に手をかけて歩くのを見た

今晩、プエルト・プリンセサ(フィリピン、パラワン島)のマーケット近くの雑踏の中で、ギラギラした悪そうな白人オヤジ(長期旅行者のように見える)が9歳前後と見える色黒の少女の方に手をかけて歩いているのを見た。少女の容姿・肌色から明らかに地元の少女。男の娘とは到底思えない。こういうのを見るのは私は久しぶりである。

「妻の連子」かもしれないし「孤児と遊ぶボランティア」かもしれないが、その方が正真正銘の児童買春よりさらに悪いこともある。

フィリピンはタイのように「どこに行っても白人がいる」わけではないが、こういうことがある国である。

白人男が公然と地元の小学生の女の子を抱くようにして歩いていても誰からも文句がでない。平気でそういうことをやれている。(仮に今日のこの事例が児童の性的虐待でなかったとしても)、このような事象が受け入れられている事実だけからも、ここには白人による児童の性的虐待があるに違いないと思われる。

アジアの国に白人が定住すれば、イスラム教などによる堅固な守りが無い限り、必ずこういうことが起きてくる。日本でも既に起きているだろう。

参考1
http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-131.html

参考2
http://ibrahim.blog49.fc2.com/blog-entry-116.html


子どものねだん―バンコク児童売春地獄の四年間

白人は卑劣な連中

もう敢えて言う必要がないと思っていたが、そうでもないようなので。

日本人が卑しいのは言うまでもないことで、卑劣なことをいっぱいやってきたのも事実だが、だから「欧米」が立派だということにはまったくならない。当たり前のことだが、当たり前のことが理解できないのが日本人。

白人には勝てないのも事実。白人は圧倒的に強い。となると、白人は偉い、というふうに流れるのも卑しい日本人の特徴。鬼畜米英と言っていたのが負けて1ヶ月もすると白人の尻をなめ始め、目の前で日本人の娘がアメリカ兵に輪姦されていても平気で、ますます媚びへつらっていた。それが日本人の精神性。

親米右翼も左翼もこの精神性の延長をやっているだけ。

タイヲタ日本人=タイ愛好家日本人は、決して公然と白人を悪く言わない。白人批判は、王室批判に準ずる。

元駐タイ大使の岡崎なんてのもいるが、象徴的といえる。

東南アジアで買春しているのは圧倒的に白人。児童買春してるのも、買春形式以外の性的虐待をしてるのも、いまや殆ど白人といって良い。警察も基本的には白人保護が第一で白人の特に破廉恥罪摘発には及び腰。

「処女買い」なんかも白人の独壇場。彼らは現地ガイドを雇い、田舎の家の親と交渉し、処女かどうかまでチェックし、少女幼女を「買い取る」。

こういうやりかたは、日本人は全く苦手で、ガイドなど雇った時点で弱みを握られて、恐喝されて終わりになるだろう。

つまりは、白人と日本人の政治力の違い。悪いことを隠蔽する時にも、現地警察も、キリスト教ミッショナリー組織も、無数に存在する各種白人NGOも、「白人の悪事は、出来る限り、ないことにする」方向に力を働かせる。白人のアジアでの悪事のネットワーク組織も、強力に根を張っている。タイ北部のいかがわしい白人キリスト教宣教組織には、100年以上の歴史を持つものもあり、莫大な利益をあげると共に、伝統的に現地児童の性的虐待を行う団体もある。幼女を性的虐待できるのなら、コブラの出るような電気もない山村でも喜んでボランティアで働くよという元気な白人の若者がいっぱいいる。そういう白人キリスト教団体にとってキリスト教とは、ほぼ白人至上主義と同義であり、「可哀想な野蛮人の子供」に英語と西洋式の作法を「身体で」教え込んであげるのも立派なキリスト教の宣教なのだ。

アメリカがデフォルトすると言って喜んでいる馬鹿が多いが、それは彼らの利益だから彼らが自分でやっているだけのことだろう。

最近日本のインターネットに目立つにわかエコロジストや反原発屋など、おおかた醜い白人崇拝日本人に過ぎないと思う。

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