Category Archives: ミャンマー

アカ族の人たち

ミャンマー、シャン州、チャイントーンのマーケットで。2004年4月7日撮影。

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10年前から、タイよりは軍政下のミャンマーのほうが、少数民族の権利を尊重していたと断言できます。アカ族はミャンマーにもタイにもいますが、タイのアカ族の生活は悲惨です。このように日常的に民族衣装を着て伝統的な生活をするなど、タイの山岳少数民族には思いもよらないことです。タイでは市民権すら与えられない。ミャンマーでは10年前から、ヤンゴンのバスの中でも、民族衣装を着た裸足のままの少数民族のグループを見ました。貧しいから裸足なのではなく、それが彼らの普通の生活様式だからであり、都市においても自分たちのやり方で生活することが許されているのです。タイでは、少数民族は自由な移動も合法的にはできず伝統的な山岳地帯での移動生活を維持できない。少数民族の女性はタイ人警察官にゆすられて物質的にも性的にも搾取され売春婦になるしかない。


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日系人はなぜ「反日」なのか

慰安婦問題などでもアメリカの「日系人」は、不自然に「反日」的なようです

インドネシアの事件を報じたNYTのオオニシ記者は、たった1人のオランダ人の娼婦の話で1面トップを飾った。このようにアジア人を心の中で蔑視する白人の偏見に迎合して「準白人」扱いにしてもらおうとするのが、日系人の悲しい習性である。http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51914397.html

しかし、この反日「日系人」の論理は、実はネトウヨの感じている「日本人のアイデンティティ」に近いものだと私は思います。ネトウヨは、中国人を批判するときに、よく華人や華僑を引き合いに出して、「彼らは、自分たちの言語や文化に固執し、現地に同化しようとしないから、世界中で嫌われる」などとして批判したつもりになっていることが多いのですが、それはこれと逆の傾向が「日本人の美質」だと思っているからでしょう。しかし、まさにその論理こそ、日系人の「反日」の論理でもあります。

日本人は外国に移住すると、すぐに日本語を忘れてしまい、現地に同化してしまいます。この同化に関する熱心さと早さは、中国人に限らず、日本人以外の民族に見られないものです。

私はミャンマーのチャイントンで、チャイントンに数家族しか住んでいないネパール人たちに会ったことがあります。第二次世界大戦時のビルマ戦線で英軍傭兵(グルカ連隊)としてビルマにやってきて戦後現地に残り、現地人と結婚したりネパールから同じカーストの女性を呼び寄せたりした家族ですが、三代目になってもまだネパール語を話しています。日本人の場合は考えられないことです。タイ北部で父親が日本人というタイ人に会ったことがありますが、父親は戦後経済的な理由でタイに移民して現地人と結婚し農業をしているという人ですが、一世であるにもかかわらず日本語をまったく話さないそうで、「父は日本語は忘れた」ということでした。

外国に出ると現地に同化することが美徳である、現地への同化が早く徹底しているほど「優等生」である、というのが日本人です。そして周りに「嫌われる」ことを何よりも怖れる。これはかなり特殊な日本人固有の文化のようです。

中国系や韓国系は結束が強いが、日系社会はバラバラで「日系」といわれることをきらい、日本を自虐的に批判する傾向が強いという。これはアジアの中での日本人の特殊性を示している。中国や韓国では血縁がいまだに重視されるが、日本人は地縁を重視する。これは「イエ社会」として知られている話で、日本の「一族郎党」は血縁共同体ではなく、機能的集団だったのである。だからイエが会社になっても、血縁のない他人とすぐなじみ、集団に同化しやすい。

逆にいうと同族意識は薄いので、利害を共有しない日本人には関心がない。

ミャンマーでは小学校から英語を教える。小学校に4年しか行っていない女の子がかなり英語を話す。

この人時々思い出したように英語関係の記事を上げるが、相変わらず読者コメントがひどい。「土人ウヨ」の出鱈目な妄想ばかりという印象。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/2532f4682ed944e4b5a9a5ef3eb5bf6b

ミャンマーのシャン州でタイ語が通じるなんてウソ。雲南でタイ語が通じるというのもたぶん妄想だろう。

貧しい隣国に出て行って宗主国民のような態度で地元住民に接し、通じないにもかかわらず無理やりタイ語で押し通そうとして毛嫌いされているのが「タイ人」。そういうタイ人からの受け売りを繰り返す「在タイ日本人」も多い。

シャン州のタイヤイ(大タイ族)はタイ人(小タイ族)と同系の民族だが、チャイントーンのタイヤイにも「タイ語」はほとんど通じない。特に仏教の影響を受けたインド系の単語は通じないようだ。「パサタイ」(タイ語)という言葉の「パサ」が通じない。

その代わり、英語はタイ人などよりずっと話せる。チャイントーンのゲストハウスでもタイよりずっと英語が通じる。タイヤイも山岳少数民族も同じ。

ミャンマーでは小学校から英語を教えているので、小学校しか出ていないタチレクのアカ族の女の子も英語をかなり話した。(白人と付き合ったことなどはない)。どこで習ったのと聞くと小学校に4年間通ったと言っていた。

(山岳少数民族の人権は、ミャンマーではタイよりはるかに尊重されていると私は信じている)。

カンボジアでも、タイよりは英語が通じるだろう。シエム・レエプ(「シェムリ」などとは言わない!)では高校生同士が普通にフランス語で会話しているのを見たこともあるが。

東南アジアで英語が一番よくできる国民は(シンガポール人ではなく)「フィリピン人」、というのがマレーシアあたりの通念だと思う。

東南アジアでまず必要な言語は英語であり、次にできると良いのはマンダリンやマレー語(インドネシア語)。


消え去った世界―あるシャン藩王女の個人史


越境を生きる雲南系ムスリム―北タイにおける共生とネットワーク

Shan Common Language Gospel of Mark / Shan is related to the Thai language and is called Tai-Yai, or Tai Long in the Tai languages. It is spoken in Northeast Burma, that is to say, in the Shan States of Burma, and in pockets in Northern Thailand
Shan Common Language Gospel of Mark / Shan is related to the Thai language and is called Tai-Yai, or Tai Long in the Tai languages. It is spoken in Northeast Burma, that is to say, in the Shan States of Burma, and in pockets in Northern Thailand

タイでは最近、僧侶が麻薬売買、買春、銃器不法所持などで逮捕される事件が相次いでいる

上座仏教はだいたいこんなものです。スリランカの坊主に関してもいろんな話があります。日本に来てる奴なんかさらにいかがわしい。

最古のミッション宗教である仏教という宗教自体に根本的な矛盾があり、そもそもいかがわしいところがあるのです。「梵天勧請」という荒唐無稽な逸話がまさにその矛盾を示しています。

タイ僧侶が同僚に発砲

【タイ】タイのテレビ報道によると、25日、タイ東北部ウドンタニ県の寺で発砲事件があり、50歳の僧侶が同僚の僧侶(37)にけん銃で顔、首、足を撃たれ重体となった。警察は発砲した僧侶を殺人容疑で逮捕した。

関係者によると、2人はいさかいが絶えず、事件当日は激しい口論の末、容疑者の僧侶がけん銃を抜き出した。被害者の僧侶はモデルガンと思ったのかそのまま詰め寄り、発砲された。

タイでは最近、僧侶が麻薬売買、買春、銃器不法所持などで逮捕される事件が相次いでいる。

「微笑みの国」とか「敬虔な仏教国」などとタイを美化する人たちが未だにいます。そういう言い方は、自分はタイ人をバカにしていると言っているようなものです。

「微笑みの国」=「ニタニタした能無しの馬鹿な土人の国」、「だから馬鹿でも外国語もまったくできなくても安心して行ける」、というのがタイへの旅行者の一般的な意識です。

そして、そういう意識を全肯定するのが「微笑みの国」という<ほめ言葉>にほかなりません。

タイ自身がそれを売り物にしてきた面もありますが、これほど現地人をなめきった態度はありません。

そのせいか、現実のいまのタイは、東南アジアのどの国よりも、否、ヨーロッパ諸国よりもはるかに、「シカメッツラの国」になっており、「ことさらなるシカメッツラの国」になっているといえます。

外国人はみんな自分たちを、「ニコニコした性格が良いだけの能無しの土人」だという頭で来ている、ということを彼らは知っている。(重ねて言うと、タイ国家自身がそういう売り方をしてきた責任はもちろんあるのですが)。ならばなおさら、「そうじゃないんだ」「自分はニコニコしているだけが取り柄のお人よしの土人じゃないんだ」、というところをことさらに見せたくなるのは自然な情動です。その結果、不必要に気難しい顔をする、ということになるのでしょう。

今でも、外人ずれしていないミャンマー・シャン州チャイントオン)などのタイヤイ(大タイ族)などなら、本当にリラックスした良い微笑みを見せてくれるかもしれません。(数年前はチャイントオンでもそうでした。もちろん、他の少数民族も同じです)。

しかし、そういう柔らかいところに容赦なく付け込み搾取する白人キリスト教ミッショナリーや白人NPOらの活動が衰えることは、白人世界が存在している限り決してありません。

したがって、彼らの心の荒廃も時間の問題となっていると思います。(あの辺り、数年行っていないのですでに荒廃しているかもしれません)。 ――すなわち、チャイントオンの湖畔に売春婦連れ毛唐がのさばり白人ツーリストが村民児童を漁りに来るのも時間の問題だろうと思います。

ミャンマーが「民主化」されでもしたら、シャン州などの「少女たち」にとっては地獄が待っているはずです。だから、私は、白人たちが望むようなミャンマーの「民主化」にはまったく反対なのです。

チャイントオン辺りでは、毛唐の作法に汚れきったタイのタイ族ツーリストがすでに精神汚染を撒き散らしています。
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モン(Mon)族、軍編入拒否へ 戦闘再開の恐れも ミャンマー

この「モン族」はMonで、ラオス・北タイの少数民族モン族(Hmong)とはまったく別物です。

ミャンマーのバゴの近くでMonの高床式の集落をリキシャ(トライショー)の案内で訪れたことがあります。家内制の手動織機で織物をしている集落で、Mon語を話していました。トライショーの運ちゃんはインド人でした。

Monは古い時代(2000年くらい前)に、現在のインド中部東岸のオリッサ州とアンドラプラデシュ州にまたがる地域からインドシナに移住した、クメールと同系の本来ドラヴィダ系の民族だということです。

タイにもバンコクを中心とした中部一体にMonの地域がありますが、タイのMonはほとんどタイ族に同化しているようで、言語も残っていないようです。タイ中部に散らばる…buriの付く町はもともとMonの町だということです。

インドシナに数百年の歴史しか持たないタイ族に比べるとたいへん由緒のある民族といえますが、タイでは、クメールやイサーン系とならんで「美しくない」種族と見られているようです。

(残念ながら「土人売春国家」であるタイでは、美しいかどうかが〔何を美しいとするかはともかくとして=要するに肌色が白いことなんですが〕日本などより公然と重視されています。容姿、外観によって社会階級も違い公共の場での扱いも露骨に違ってきます)。

タイのモンに比べると、ミャンマーのモンは文化や民族的なアイデンティティを尊重されているといえると思います。

他の少数民族についてみても、客観的に言って、同じ民族であってもタイ領内にいる者よりはミャンマー領内にいるものの方が、たとえ貧しくても基本的に人間として尊重されているという風に私には見えます。

ヤンゴンの市バスには一見して山岳民族とわかる女性のグループが民族衣装を着て裸足のまま(サンダルも履かずに)堂々と乗り込んできますが、ビルマ人もこれを邪険にしたり嫌な顔をしたりしません。タイでは考えられないことです。

泰緬国境付近の少数民族がタイに逃げてくるというニュースがたまにありますが、そういうところだけを見て、タイのほうがミャンマーよりも人権が尊重されているなどと思ったら大間違いだと私は思います。

<ミャンマー>モン族、軍編入拒否へ 戦闘再開の恐れも

7月20日2時30分配信 毎日新聞

ミャンマー国内の有力少数民族モン族の武装勢力、新モン州党(NMSP)が、軍事政権から要求されている政府軍への編入を拒否する意向を固めたことが分かった。NMSP幹部が毎日新聞に明らかにした。同様の動きは他の有力少数民族にも広がっているという。民主化運動指導者アウンサンスーチーさん(64)の拘束で国際社会から批判を受ける軍事政権は、少数民族とのあつれきという別の難問に直面しそうだ。【服部正法】

 軍事政権は来年実施の総選挙を前に、国内情勢を安定させるため、少数民族武装勢力を政府軍傘下に編入し、国境警備隊化する方針を決定。今春、停戦中の各勢力に受け入れを求める動きを本格化させ、早期に回答するよう迫っている。

 これに対し、NMSP幹部は「(軍への編入で)少数民族勢力をつぶそうという意図は明らかだ」と反発。兵力規模の大きいワ族、カチン族、シャン族の各勢力と4月に対応を話し合った際、要求を拒否する方向で基本合意したという。

 一方、タイに拠点を置く亡命ミャンマー人メディア「イラワディ」(電子版)が今月14日報じたところによると、軍事政権は先月7日、NMSPに対し現有兵力を国境警備隊ではなく民兵組織に転換する案を提示した。政府軍編入に拒否反応が強い少数民族への「妥協案」とみられるが、NMSPに近い情報筋は毎日新聞に「民兵組織でも軍の傘下に入る実態は変わらないので、NMSPは拒否するだろう」と述べた。

 軍事政権は89年以降、少数民族との和平を進め、主な武装勢力17グループと停戦協定を締結。NMSPとは95年に停戦合意した。NMSP幹部は「戦う意図はないが、政府軍への編入拒否で(軍事政権側から)停戦合意が破棄される可能性はある」と戦闘再開の恐れにも言及した。

 モン族は、南東部のモン州などに住む民族。人口規模は100万~400万人といわれる。NMSPは過去に最大3000人の兵力を有し、「イラワディ」によると現在は約700人とされる。

 ◇ミャンマーの少数民族問題

 多民族国家のミャンマーは、人口の3分の2程度を占めるビルマ族以外に、タイ、中国、インドとの国境付近を中心に、細分すると130以上の少数民族が住む。1948年のビルマ(当時)独立後、多くの少数民族が武装勢力を結成し、独立や高度の自治を求めて政府と戦ってきた経緯がある。

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ネパールはバブル

今のネパールは明らかにバブルだと思う。

物価が異常に高くなっているが、ネパールルピーが特別安くなっているということはない。

今、円は10円が8ルピア前後。カトマンドゥではチヤが現地価格でも7ルピーとか。ちょっとでもツーリスト向けのところは最低10ルピー。去年は7ルピーだったところも軒並み10ルピーである。ゲストハウスの宿代も高くなっている。ネット屋はタメルでは一時間100ルピー。

「ポピュリスト・マオイスト」バブル。

日本人ツーリストはほとんどいないが、この季節外れにツーリスト、とくに白人ツーリストが多すぎる。

ネパールはもともと外国人相手の売春の取締りが厳しかったが、今は野放しのようである。

「ダンスバー」(≒ゴーゴーバー、売春婦斡旋バー)が盛んに外国人客を呼び込もうとしている。

だから、山にも宗教にも関心のない白人ツーリスト・アジアゴロ・セックスツーリストが、安さにひかれて、(何かできるかもしれない(幼女買いとか)という期待もあってか)、どっと流れてきている感じだ。

タイで見るような肥大した腹の出た禿白人オヤジを見かけるが、あんなのは山にはとてもいけないだろう。ちょっとしたハイキングでも自分の体を持ち上げるだけでも難しいに違いない。

カトマンドゥ、それもタメルのみで「遊ぶ」だけである。

ネパールのバブルは遠からずはじけるだろうが、白人はいったん呼び込むと出て行けといっても出て行かなくなるものだ。

ネパールはいま本格的な「タイ化」の瀬戸際にある。

白人セックスツーリスト、白人セックス滞在者を追い出した国は、「テロ支援国家」の烙印を押されることになっている。

ミャンマー、イランがそうである。

アジアに滞在するセックス白人は、白人国家の諜報ネットワークに(好むと好まざるとにかかわらず)組み込まれているからである。

CIAが有名だが、FBIも外国で捜査活動をするのである。必要があれば「処罰」もする。

タイではFBIが公然と聞き込みをする。タイ滞在のアメリカ人はタイ国家をも支配している自国(米国)国家権力を大変恐れているので、FBIの情報収集活動にきわめて協力的である。

タイのメーサイ近郊で少女レイプを繰り返していた札付きアメリカ人は(タイ警察からは何のお咎めもなかったが)FBIに監視されていた。長期滞在アメリカ人たちからこの男について情報収集していたという。男はその後、カンボジアの刑務所の中で変死した。獄死のニュースはマレーシアの新聞にも載っていた。去年かおととしのことである。不自然な死だったようだ。「処刑した」ということを示すためだろう。アメリカ政府としては、タイでの少女レイプ自体は悪いことではないが、問題化するほどになってはまずいので監視・追跡していたのだろう。

もちろん、もっと辺鄙な山奥では、白人キリスト教ミッショナリーと諜報機関とが手を取り合って活動している。

ミャンマーがアメリカから目の敵にされるのは、ミャンマーの山村地域・少数民族地域がアメリカのアジア支配にとって地政学的に重要な地域であるだけでなく、もともと白人キリスト教ミッショナリーの重点攻撃目標であり、綿密な諜報ネットワークが張り巡らされていたところだったからである。その貴重な情報資源を、ミャンマーの反米反白人軍事政権が利用できなくし、台無しにしてしまった。そのことへの怒りが大きいのである。だから、ミャンマーが「外国人ツーリスト」の入国と滞在を自由化し、とくに長期(セックス)滞在および「布教」活動(洗脳活動及び白人遺伝子頒布活動)の自由を保障すれば、ミャンマー政府への白人の非難は下火になるはずである。

白人はいったん家に入れたら出て行かない。無理に追い出そうとすれば戦争になる。ネパールは正念場だと思う。
 
Bangkok Bound Bangkok Bound Volume 5
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スリランカ系の「ヴィパッサナ」教師たち

ヴィパッサナ教師というより、はっきり言えば「テーラワーダ」(上座仏教)の団体に属している人たちのことですが、宗教団体を批判するとやばいことになりかねないので、一応「ヴィパッサナ教師」たちの話ということにしておきます。

スリランカ人坊主も日本人もいるが、彼らほど汚らしくこっけいなものもまた少ないのではないか?

体質的にはオウムと変わらないと思います。基本的にカルト。

日本人のあの男はどうしようもないですね。カルチャーセンターなんかで講座を開いていたりもするようですが。自分の神経症かヒステリーか妄想かを治療するほうが先なんじゃないかと思いました。

彼のカルチャーセンターの講座を受けてみたことがあるんですが、ヴィパッサナの実習のときに「凡夫、凡夫(じゃないんだ)」とか叫びだして、まるで「修行するぞ修行するぞ」と叫んでいた団体のようでした。

思えば彼らは「自分は凡夫じゃない!」というのがアイデンティティの宗教でしたね。

次にスリランカの坊さん

スリランカの上座仏教は、タイ仏教よりはかなりましなんだろうと思います。タイ仏教ほど腐っているものはそう他にはないですから。

ただ、日本に来ているスリランカ人僧侶たちには悪い噂も色々あるみたいですね。国からもらったカネで日本の風俗通いに熱中していたとか。

きっとそれも「高度な修行」なんでしょう。ヴィパッサナでリアリティを確かに見ることができるようになっているので、もう仮に風俗嬢とどんなすごいことをしても、それに執着したり惑わされたりすることのない境地にいるのかもしれません。そのことを確かめるために風俗通いの修行に熱中してたのかもしれませんね。

そもそも出家主義の上座仏教には、権力と結びつき特権を得て坊主たちが腐敗する体質があるように思われてなりません。その典型はタイ仏教ですが。

私は南アジアは少しは知っています。というか、インド系の人間を見慣れているほうだと思いますが、スリランカの坊主の説教は、私の感覚では、典型的なインド人のしゃべりです。

彼らは「対機説法」などというようですが、要するに機会主義的な理屈、屁理屈でしかありません。果物売りのインド人のぼったくりの口上とさして変わりません。

個人指導や一人一人に配慮できる少人数への指導ならともかく、個性も抱えている条件も何もまったく違う多数の人間を前にして、待機説法も糞もないと思います。

彼らは「対機説法」というドグマを教団の教義として抱えているというだけのことです。

彼らが指導している「ヴィパッサナ」にも疑問がありますね。私は別に行者ではないので一般人としての感想ですが。

本来「サマタ・ヴィパッサナ」というらしいですが(サマタが止、ヴィパッサナが観、つまり止観ということだそうです)、テーラワーダの人たちはサマタの話はせず、ヴィパッサナのみを売り物にしているようです。

そしてその手法がいささか幼稚園的です。

呼吸を観る、のはいいのです。他の流派の瞑想でもたいていやることです。

問題はその観方です。「ラベリングをしろ」という。息を吸ったり吐いたりするときに、おなかが膨れたり凹んだりすることに対して、いちいち「膨らむ」「へこむ」とラベルを(口に出さない言葉で)貼りなさいという。そして止まったら止まったと貼れという。

あちこちに気が散らないようにするにはそれも良いかもしれませんが、そのためなら数を数えるのでも同じこと。

彼らは、現実(リアリティ)を確知する(サティ)のためにこのラベリングが有効な手段だと思っているらしい。

しかし、この一刹那一刹那変化し、消えては生じることを繰り返すとされる(素粒子論などでもそういわれるらしいですが)リアリティを確かに観るために、言葉によるラベリングが有効かどうか。

人間の言葉はかなり粗大な脳の働きだと思いますが、このような粗大なもので、きわめて微細な一瞬一瞬を捉えることができるだろうか。きわめて疑問です。

また、そのように言葉にこだわる必要があるのかどうかも疑問です。彼らは教理において、「ナーマとルーパ」の「ナーマ」の意味を取り違えているのではないのかという疑問があります。

その教理に引きずられた瞑想技法を、教団として勝手にでっち上げているのではないか?

上座仏教のヴィパッサナ瞑想といっても、ミャンマーの上座仏教の修行はこれとはかなり異なった手法を使います。

私はネパールでビルマ系の「ヴィパッサナ協会」のリトリートに参加したことがあります。数年前、1月にカトマンドゥの北のブダニルカンタというところの山の中に一週間か10日篭って修行しました。まず寒くて大変でした。

当時私は、長時間座ることには慣れていて一日中座禅していても平気だと思っていましたが、この修行は(表面的な穏やかさとは対照的に)結構きつくて、5日目ぐらいに吐いて伸びてしまいました。すぐに回復しましたが。

ミャンマー系のヴィパッサナでは「ラベリング」などということは言いません。呼吸を観るということは同じですが、呼吸自体でなく皮膚の感覚、しかもたいへん微かな感覚に意識を集中していきます。意識を集中する努力をすることが(魔境を招くおそれがあり)良くないというようなことは言わないし、また、意識が集中できないことをしかりつけたりもしません。

スリランカの「テーラワーダ協会」のように、おなかのふくらみへこみに名前をつけて・・・・というような子供向けの荒っぽいことはいいません。

なにより、ミャンマー系のヴィパッサナには、スリランカ系のテーラワーダのような「毒」がない。スリランカ系はいろんな意味で毒を撒き散らしていると思います。人を見下すことを好むシンハラ人特権坊主たちの性格がよく表れています。

スリランカ系シンハラ特権坊主とその追従者たちは、人が意識を集中する努力をしたとしたら、そんなことでは駄目だといい、意識が集中しなければ「凡夫だ凡夫だ」というわけです。

まさに、「自分は指一本動かそうとせず、人の肩に背負いきれない荷物を乗せる」とはこのことでしょう。多くの宗教団体がそういう性格を持って入ると思いますが。

私は数年前ミャンマーで、本当に修行している僧を見たことがあります。一人で修行していました。

ピンマナにも近いメイティラというところだったと思いますが、日が暮れてしまったけど宿が見つからないので私はうろうろしていました。なんとなくお寺に入りました。お寺で泊まれることがあるかもしれないと思ったからです。

人気がまったくありません。大きな柱があってその前に仏像か何か立ててあるように見えました。

すぐ近くまで来て、ようやく私は、それが仏像ではなくて立ってヴィパッサナの修行をしている僧侶であることに気づきました。その僧侶は本当に独りでした。誰も見ていません。彼には何の気配もありませんでした。私が近づいても微動だにしない。

立って瞑想をするための囲いのある場所がちゃんと設置してありました。だから仏像が安置してあるように見えたのです。

なお、ミャンマーでは一般家庭に泊まることは原則としてできません。お寺に泊めてもらうことはできるかもしれませんが、警察の許可が要ります。

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