Category Archives: マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)

xxがカトマンドゥから帰ってきた。(5月6日)

カトマンドゥで看護婦をしていると聞いていたが、昨日(5日)バスでバサンタプルへ帰ってきたそうだ。

xxは、私が10年位前に初めてバサンタプルを訪れた時に、最初に知り合いになった人である。当時彼女は17歳で、英語が話せた。彼女の家は、当時本当に寒村だったバサンタプルのバス停近くで非常に質素な茶屋をやっていて、母親がチヤやチョウメンを作っていた。母親は英語は一言も話せなかったが、気さくで親切だった。母親はxxx族で、父親がxx族だった。所謂モンゴロイド系内部の「インターカーストマリッジ」。xxは父親のカーストを継いでいる。

xxも質素な感じの女子高生(但し制服はクルタスルワール)で、チャラいようなところは全くなかった。

バサンタプルでは皆知っていることなので書いてしまうと、xxの一家は「マオバディ」(マオイスト)で財を成したといえる。xxの親戚が、この地域のマオイストの有力者だった。マオイストが全盛だった数年前にグングンと資産を増やして行き、茶屋はやめて小奇麗な雑貨屋を始め、今はxxxxx(バサンタプルに続く新開地)に赤レンガの三階建の邸宅を建てている。(邸宅の1階で雑貨屋も続けている。xxも親たちも、ホームレスに近いオレなんかよりずっと盤石な資産と社会的地位をもっている)。

5、6年前に話した時は、xx自身も非常に熱心なマオイスト支持者(あるいは党員?)になっていた。相変わらず英語は全く話せない無教養な母親さえ、熱心にマオイストの良さを語っていた。

同時にまた、xxの母親は、カネの話ばかりするようになった。会うたびにカネの話をする。人(オレ)の懐具合を聞き出そうとする。人がいろんな国を旅行できるカネがどこから出てくるのか、というようなことを、会うたびにしつこく聞くようになり、オレの全資産がどの程度のものかまで知ろうとする。また、働かないで旅行ばかりしているようではどうせすぐにカネに詰まるだろう(その通りだが)というようなニュアンスで、カネの話をしつこくするようになっていった。今回の訪問で一度だけ話した時も、相変わらず旅行のカネの出所の話だった。オレが何かのミッションをもっていて、彼らにマオイストという金蔓があるように、何か金蔓を持っているとでも思ったのだろうか。

とにかく、xxの母親は、熱心なマオイストになっていくにつれて、チベットババア顔負けのゼニゲバおばさんになっていった。

私の方も(4年前までは毎年のようにバサンタプルを訪れていたが)xxの母親を避けるようになり、xxとも疎遠になっていった。初めて会った時、xxは17歳だったから、もう28歳くらいだろう。今日も、久しぶりだったが、ちょっと話して逃げてきた。カトマンドゥの様子を詳しく聞きたかったが、あちらは立派な邸宅を構えている金持ちで、しかもカトマンドゥで看護婦という専門職についている女性であり、こっちは相変わらずの薄汚い放浪旅行者だ。

ネパールのマオイストが、ただの集金組織・マフィアにすぎないことは、その通りである。

しかし、マオイスト全盛時代は、山村でも誰もがマオバディを支持している感じだった。少なくとも王制廃止、共和制移行は誰もが支持していた。

日本では、ネパールのマオイストを中国の手先のように言う者がいるが、私の知る限り、亡命系のチベット人の多くもマオイストを支持していた。チベット人のヤンジ(検索してね)の兄弟も、一人は坊主でもう一人はマオイスト活動家だった。

王制が倒れた時、私はバサンタプルにいたと思うが、ヤンジと一緒にテレビを見ていて、彼女が本心から喜んでいるのを感じた。「ネパールもレパブリックになった」と言って喜びをあらわにしていた。

※ナヤバスパークは地震の影響を受けず、機能しているようである。

仏塔と共産党

ネパールはインド同様、共産主義が人気で、マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)以外にもいろいろな共産党セクトが盛んに活動しています。中国とはあまり関係がないと思う。ネパール人とインド人は国境を自由に通行できるので、共産主義運動もインドと関係が深い。念のために言うと、仏塔が赤くなっているのは共産主義者が汚したのではなく「祝福」です。宗教と共産主義が日常生活の中で共存しているのが奇妙で、面白く感じます。

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2008年 2月21日
カトマンドゥで。

マオ派の理論的指導者、バブラム・バタライのツイッターアカウント
https://twitter.com/brb_laaldhwoj

プラチャンダはこれか?
https://twitter.com/Lal_Prachanda
これ?
https://twitter.com/PrachandaNepal

どっちもバウン(ブラーマン)です。


ネパール王制解体―国王と民衆の確執が生んだマオイスト (NHKブックス)

ネパールの家内奴隷制

ネパール東部の丘陵の尾根の上にある町、バサンタプルで。

右の子がこのホテル(食堂のこと。たいてい上階にロッジがある)の住み込みの下働き。タマン族(モンゴロイド系カースト)の11歳。日本なら7歳ぐらいにしか見えない。

左は家の娘。(チェトリ、「アーリア系」カースト)。

このチェトリ経営のホテルに一人住み込みで働くようになって4ヶ月だという。学校には行かせてもらえず、料理の手伝いや掃除など、朝7時頃から夜10時頃まで、一日中働く。料理は、熱湯の鍋を担ぎあげたり、小さな子供には危険な仕事もある。ネパール人客が汚した身の毛のよだつような汚いトイレの掃除もこの子の仕事。上階のロッジに泊まる酔っぱらいの部屋に料理などを持っていくことももちろんある。休みはない。

給料はおそらく無し。食事と最低限の被服のみだろう。(このあたりは大人の女中でも給料タダのことがある)。

仮に給料を貰っていたとしても最高で月500円くらい。カトマンドゥの児童労働がそのくらいだと聞いた。(それももちろん本人が受け取るわけではない。親が前借金として受け取る。)

家の主人とはカーストも違う。どういう縁でここに来たのかは聞かなかった。

独力で家に帰ることももちろんできない。一人で住み込んでいて、身近に友達もなく、雇い主以外に保護者がいない。

家内奴隷というほかはない。

このような関係は、ネパールでは広範に見られる。まさに、at the mercy of(家の主人)という言葉がぴったりの境遇である。

児童労働が問題なのは、子どもが働くことが有害ということもあるだろうが、なによりも、このような支配関係になりがちだからだろう。

マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)も、このような家内奴隷的関係に極めて寛容である。

こういう関係を問題視する者は、ネパールには全くいないと言ってよい。

各派の共産党がもしこれを問題視するというなら、学校に行かせない児童労働、賃金を現金で払わない無償労働、危険な労働、女児の住み込み労働、などの「犯罪化」を提言して当然である。

日本は長年にわたり、ネパールに多大の援助をしてきたが、そのカネはほとんど貧しい人々のところには行き渡ることはなく、ネパールの特権層と日本側関係者の懐に入ってしまったと考えられる。

日本はネパール援助ではトップクラスの国であり、ネパールの貧困問題、経済的格差の問題にも責任をもつといえる。外国からの援助が経済の支柱になっているような国に著しい貧富の格差がある場合には、それは援助の仕方に問題があるからだと言わなければならない。途上国援助では必ず援助する側にも利権が生じる。これだけの援助をしてきた日本の援助のあり方が、現在のネパールの非人道的で反人権的な社会関係を温存してきたと言って過言ではないと思う。

日本は、日本が援助していることを宣伝したがらない。当該国民にもあまり知らせようとしない。

ネパールの山村には定期的にAmbulanceが回ってくるが、その車の脇腹には”GIFTED BY THE GOVERNMENT OF INDIA”と大書されている。インドからの援助であることがだれにも分かる。

ところが日本はそういう事をやりたがらない。http://bit.ly/hvqhrQ

謙遜の美徳だろうか?私はそうは思わない。援助には援助関係者の利権がつきまとう。宣伝してもしなくても援助にまつわる利権は同じである。むしろ、あまり人に知られたらカネの出入りについての監視も厳しくなる。

だから、日本政府にはたっぷり援助させるが、援助についてはあまり宣伝しないで、不透明な部分、双方の甘い汁の部分を温存しようとしているのである。

日本のネパール援助は一旦中止すべきだと考える。

そして援助を再開するのは、絶対的な貧困、社会的な差別、人権侵害、児童労働、家内奴隷的住み込み労働、などの解消に向けた具体的な目に見える努力を条件とすべきである。人権教育の普及にも目標を定めさせ、その目に見える達成を援助額と関係付けるようなことをする必要がある。

日本的な「郷に入れば・・・」とか「現地の文化習慣の尊重」などという耳障りの良い言葉には何の価値もない。

日本国の拠って立つ価値は、人権(個人主義)なのだから(憲法13条)、その価値をうけいれ具体的に実現させることを途上国援助の条件とするのが当然である。「郷に入れば・・・」式の特殊主義は有害無益である。

日本の国是は普遍主義(憲法97条 http://bit.ly/i4lTmO 、13条)であることを忘れるべきでない。人権(=個人の自由、個人主義)が日本の国是、国家イデオロギーである。外国に対しても普遍的な価値への帰順を要求するのが普遍主義の普遍主義たる証である。

http://www.youtube.com/watch?v=mgm_8uIal-U

. . . If You Lived When There Was Slavery in America
. . . If You Lived When There Was Slavery in America

靴修理・靴磨きの男@バサンタプル

テルトムTerhathum地区、バサンタプルBasantapurで。去年はよく靴を磨いてもらったが(私は磨けるようなタイプのトレッキングシューズを履いている)、外国人と見て5倍もぼって来るので今年は自分で磨くようにした。

少し気を許すと偉そうな態度でなれなれしく呼びかけてきたりする。ビデシ(外国人)だからというのだろう・・・・。

もちろんこの人は被差別カーストの人である。何度も書いたようにネパールの被差別カーストは、(日本の被差別部落とは違い)「隠す(隠せる)」ものではない。苗字でもわかるし、ここでこういう仕事をしている(できる)時点で被差別カーストの人。

ネパール人は、(アジア系の)ビデシに偉そうにしたりなれなれしくしたりするのが好きだが、その割りに「与える」ということが嫌いである。「もらう」「たかる」ことしか考えていないのが多い。この点、イランの人などとは大きく違う。

バサンタプルの大物マオイストの姪、リナも、当然マオイストだが、「ダマイ」など被差別カーストに対する差別意識はまったく無批判に健在だった。

リナによればこの人は「ローワーカーストなのでアーリアンではない」ということである。マオイストも「アーリアン」「モンゴリアン」という言葉を無批判に振り回すのが好きである。

メイドについて

日本人は他人を家に住まわせることを嫌うので、金持ちでも住み込みのメイドを置いている家は少ないのではないかと思う。日本では、メイドはメイドカフェでしか見られないというのが実情ではないだろうか。

しかし、東南アジアや南アジアでは、少しゆとりのある家では(日本の普通の家庭より資産や収入は少なくても)、住み込みのメイドを置いていることが少なくない。(中東ももちろんそうだろう。アラブでは、家に専属の医者がいるという家もある)。

東南アジアでは、「女性の社会的地位が高くなること」がメイドをますます必要とする理由になっている。

マレーシアでは共働きの家庭がメイドを置くことはありふれている。メイドの権利保障と雇い主の権利保障とについて、新聞紙上でも盛んに論じられている。日本と違い「弱者一辺倒」の論調ではない。高いお金を払ってメイドを雇っている雇い主の権利がしばしば害されていることも強調されている。マレーシアのメイドの多くはインドネシア人など外国人。メイドの権利保障について盛んに議論されるようになったのは、残虐なメイド虐待事件がきっかけである。

ネパールでもメイドを置いているところは多い。メイドという認識もないかもしれない。下手すると無給。親戚(遠い親戚を含む)の娘だったりすると、無給が普通で衣食住の支給で十分だという感覚になる場合が多いようである。要するに「口減らし」。バサンタプルの「ヤクホテル」で働いているチベット人の娘たちは、主人の姪たちだということだが、衣食住を支給されて若い子は午前中学校に通わせてもらうほかは、まったく無給だという。(一人いるグルン族の娘はどうなっているかわからないが、たぶん口減らしで無給だろう)。

カトマンドゥで、2DKくらのフラットの家庭に、11歳か12歳の可愛い女の子が女中として住み込んでいて、台所で寝起きしているのを見たことがある。ごく普通の、さして豊かではない小商人の家である。20歳くらいの息子も同居していた。

あの少女があのまま思春期になっても置いておくのだろうか。それとも暇を出すのだろうか。暇を出されたら次はどうするのだろう。少女の給金は、仮にあったとしても、せいぜい月給600円くらいだろう。それも少女に手渡しされていることはないと思う。(ネパールの習慣からいってコメだけは腹いっぱい食べさせてもらっていると推測するが)。この金額でもほとんど現金収入のない農山村の実家にとっては大きいだろうし、孤児の場合もありうる。

あのような住み込みの少女は、身近に雇い主以外の保護者もなく、一人で長距離バスに乗って田舎に帰るカネも知識もないだろうから、何が起きても雇い主の慈悲にすがるほかはない。あの年齢で、遠い実家を離れてあの環境で住み込みのメイドをしているだけですでに、「家内奴隷」的な境遇といえる。

ダランでは、一戸建てのかなり豊かそうなチェトリの家に、16歳か17歳のこれまた可愛いチベット人の女の子が、「サーバント」として住み込んでいた。ここにも20代の独身の息子がいた。「サーバント」というのはその息子による紹介の言葉である。

(どうして「可愛い女の子と若い息子」という組み合わせばかりでてくるのかというと、ひとつは若い息子に招かれて家に入るケースが多いからだが、「面白くない」という気持ちからそういうケースをよく覚えているからでもある)。

面白くないのは、雇い主がチェトリ(アーリア系)で女中がモンゴロイド系カーストという場合が多かったこと。

マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)は、自称「共産主義者」だが、こういう関係にはまったく関心がないようである。

立派な自宅ビルを建てているようなマオイスト成金たちにも、家内奴隷的な下働き、下男下女を住み込ませている者が多いはずである。

バサンタプルのマオイストの大物は、自身はモンゴロイド系マガル族だが、「アーリアン」の女が好きだと称してアーリアンの女を二人妻にし、それぞれ別の立派な家に住まわせている。ネパールのマオイストは共産主義とも社会主義とも無縁のマフィア組織である。

マオイスト成金にせよ何にせよ、ネパールの金持ちがせしめているカネのかなりの部分が、日本の援助由来であり、日本国民の税金であることも忘れるべきではないだろう。

マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)の大物とその妻、邸宅@バサンタプル

今年は去年に比べて、マオイストの活動は目立たなくなっていたように思う。選挙で負けてから「ジャングルに戻った」のだという。チョウキの人も選挙の後はカネをせびりに来なくなったといっていた。その代わりに、今年は警察の態度がでかくなったように見える。マオイストも警察も、それぞれ独自の利権によってたつ武装したマフィア集団である。

この男がバサンタプルのマオイストの大物。「ラビンドラ・ピタ」と呼ばれている。カーストはモンゴロイド系マガル族。

マオイストが強大になったことで、この男だけでなく、一族も突然豊かになった。この記事の内容は甘すぎた。この娘は、この男の姪。母親がこの男の姉。

ジャングル経験(戦闘経験)も豊富らしい。ゲリラ戦で出世するためには、競争相手の同士をうまく死なせて、自分は絶対に生き残り、しかも卑怯にも見えないような要領の良い立ち回りがぜひ必要であることはいうまでもない。ゲバラのような人は例外中の例外である。

ネパールの若者はみんな「利権」を求めてマオバディ(マオイスト)に入っていくのである。

この男には妻が二人いる。それは「日本共産党の非合法活動家の情婦」のようなものではなく、公然たる妻である。このことは近郊の村の人もみんな知っていることで、この姪も嫌な顔もせず「おじさんにはワイフが二人いる」と話してくれる。

しかも、「アーリア系」(ネパール英語で「アーリアン」と普通に呼ばれる)の女が好きだと公言しているらしく、一番目の妻はチェトリで二番目はバウンだとか。

マオイストはたいていそうだが、この男も「モンゴリアンは」「アーリアンは」という話が好きである。そういう分類を披露してみせることが知識人らしいと思いこんでいるようである。(これらの言葉が、英語とともにアーリア人至上主義の白人によってネパールに持ち込まれたものに違いないことについては、別のエントリーで書きたいと思う)。

ラビンドラの2番目の妻。カーストはバウン(シャルマ)。これもジャングル経験があるのだとか。

妻になったのは二番目らしいが「本妻」のように見える。立派な自宅ビルを所有していて、娘や息子たちを私立の「イングリッシュボーディングスクール」(全科目を英語で教える学校)に通わせている。一番目のチェトリの妻は近所の別の家に住まわせているという。おそらくマオイスト活動家としての勢力もこのバフンの妻のほうが強大なのだろう。

妻を二人持とうが三人持とうが原理的に悪いということはない。

ただ、「共産主義」がそういうことを許しているのかどうか。

ネパールのマオイストも一応、共産主義者を自称し、共産主義で売り込んでいる組織である。

2番目の妻(バフンの妻)を住まわせている自宅ビル。

ネパールのマオイストは、共産主義とも社会主義とも無縁の利権マフィアに過ぎないと思う。

ネパール東部テルトム地区でマオイストが「大統領支持者を処分する」と脅迫し名簿を作っている

マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)民兵の国軍編入を拒否した陸軍参謀長(ネパールには海軍はないので陸軍が偉いのだと思います)解任をめぐって(ブルジョア政党系)大統領と対立したマオイストのダハル(プラチャンダ)首相が辞任し、マオイスト主導連立政権が崩壊したネパールですが、今朝の朝日新聞によると、地方でのマオイストによる狼藉行為が過激化しているらしいということ。

毛派の抗議活動は地方を中心にエスカレート。地元メディアは8日、東部テラトゥン郡で毛派傘下の青年団体が大統領支持者の名前を集め、「11日以降、大統領支持者は処分する」と脅迫。別の郡では毛派支持者がネパール会議派支持者に対し、村から出て行くように脅していると伝えた。
(朝日新聞5月9日朝刊)

ここに「テラトゥン郡」とあるのは「テルトム」地区のことでしょう。英字でTehrathumと書きますが、発音は「テルトム」に近い。デヴァナガリをそのままローマ字にすると現地発音からずれることがあります。(タイ語で、アビシットかアピシットか、ブミボルかプミポンかというのに似ていると思う)。

関係ない人にはどうでも良いことですが、私が今年2ヶ月ほど滞在したバサンタプルはまさにこのテルトム地区にあります。

愛着のある地域でもあり、知り合いも多いので心配です。

比較的寒いところですが、寒い時期のこの地域が好きなのでこの冬も行くつもりではあるのですが・・・・。