Category Archives: キリスト教

そう言えば、正教会の礼拝を見学した。

ニーチェが「アンチクリスト」で「秘密集会の臭い」という言葉でキリスト教を批判していたのが印象的だった。確かにキリスト教というのはもともと非合法のカルトで、地下活動、秘密集会をしながら細胞を増やしていって、しまいにはローマ帝国を乗っ取るところまで行った宗教である。その原初の伝統を守っているというのが正教だということで、確かに、「機密」がどうのこうのという言葉遣いからして、カルトっぽいところが残っていると思う。

東方正教会 (文庫クセジュ)

事前に同意を得て某教会の礼拝を見学したが、非信者は会堂の中には入れない。扉の外で立っていなければならない。その日は、よくわからないが偉い人が来た日だったので、特に長かったのかもしれないが、儀式は3時間にも及んだ。その間中、信徒たちはほとんど立ち続け、合唱団は立って歌い続けていた。合唱はそれほど耳に快い音楽でもなかった。Divna Ljubojevicのアカペラみたいなのを期待すると失望する。

Divna Collector 10e anniversaire

文字通り大袈裟な、袈裟のようなキラキラの僧服を来て、頭にこれまたいかがわしい王冠のような冠をかぶった偉い人が、率直に言って、薄汚いオーラを振りまいていた。聖職者たちの立ち居振る舞いが全体的に雑で、優雅さがない。躓いて転ぶ坊主もいた。肩に袈裟をかけた若い聖職者は、目つきが悪かった。大事な礼拝によそ者が来ていたのが嫌だったのだろうが、そのわりに一挙手一投足から「神聖さ」が伝わってこない。この点では、やはり東洋の宗教には及ばない。悪い印象をもったわけではないが、全体に安っぽく、どうしてもインチキ臭いものを感じるのだ。イスラム教の場合は(私の知っているイスラム教の場合は)、インド系宗教の繊細さはないが、全員参加の勢いと高揚感でカバーするので、信徒かどうかに関係なくそこにいて礼拝に参加できているだけでもカタルシスを得ることができるが(シーア派の場合、礼拝しながら泣き崩れる人も何度か見た)、正教の礼拝はダラダラと時間ばかり長く、盛り上がるところがなくて、見ていても退屈だった。

あえて言えば、「聖体拝領」が儀式の頂点だったのかもしれない。まぁ、非信徒にとっては、見ていて気持ちの良いものとは言えない。司祭が同じスプーンで並んでいる信徒たちみんなの口に順番にドロッとしたパン切れを入れていくようである。その後、安宿のカフェテリアのポットみたいなのに入ったワインらしきものを注いでもらって飲んでいた。東欧系らしい信徒も何人か来ていて、中には若くて美しい女性もいたが、聖職者たちはみんなちょっと薄汚い雰囲気の日本人ばかりである。ヨーロッパ人信徒は、自分たちのほうが本家で本物だと思っているだろう。ちょっと薄汚い雰囲気の日本人の神父の前で口を開け、スプーンで口の中にドロッとしたパン(ワインに溶かしてあるらしい)を入れられて内心気持ち悪いと思わないのだろうか。などと思いながら見ていた。

ろくでなしのロシア─プーチンとロシア正教

ロシア正教のイコン (「知の再発見」双書)

日本人がテロとの戦いに組み込まれる可能性 | パリ連続テロとイスラム、そして日本 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト

西欧キリスト教世界は、自己の文明認識において、「ギリシャ文明に起源を持つ」と主張していますが、ギリシャ文明は一度滅んでアラブ世界に継承されました。ギリシャ語のおびただしい文献をアラビア語に翻訳して医学、天文学、数学、哲学などの諸科学を継承・発展させたのはアラブ・イスラーム文明でした。

西欧は12世紀ころからイスラーム世界の文化・文明を取り入れて、近代文明をテイクオフ(離陸)させました。代数学(algebra)、アルコール(alcohol)、提督(admiral)、砂糖(sugar)、暗号(cypher)、米(rice)、シャーベット(sherbet/sorbet)等々、身近な単語がアラビア語起源であることからもそれが窺えます。

現在の西欧キリスト教世界の心理の底流には、過去のアラブ・イスラーム世界に対するコンプレックスと同時に政治的・経済的優位に立つ現在の優越感とがあるように思います。中世から近世にかけてはアラブ世界の方が文明的にも優位にあったことは西欧の知識人たちも知っていますが、それを認めることには抵抗感もあるように思います。

via 日本人がテロとの戦いに組み込まれる可能性 | パリ連続テロとイスラム、そして日本 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト.

ローマ法王来比 – 法王来比に合わせ社会福祉開発省が路上生活者をリゾートに隔離か | まにら新聞ウェブ The Daily Manila Shimbun Web

「うさぎにはうさぎ小屋がふさわしい」

「社会的弱者への慈悲」や「貧困問題の解決」を呼び掛けているローマ法王が専用車で移動中に目にすることのないよう「隔離した」と批判する声が出ており、「あくまで通常の路上生活者対策の一環」と反論する同省との間で議論が沸騰している。

via ローマ法王来比 – 法王来比に合わせ社会福祉開発省が路上生活者をリゾートに隔離か | まにら新聞ウェブ The Daily Manila Shimbun Web.

「ウサギのように」多産な必要はない 【ローマ法王がフィリピン人信徒に対し】

バチカン近現代史 (中公新書)

教皇フランシスコ

ローマ法王―二千年二六五代の系譜 (中公文庫)

英語報道によれば、Christians do not need to breed like rabbits.というような表現を使ったらしい。breedとか、like rabbitsというのは、人間に対して使うのに適切な表現なのだろうか。

避妊を禁じておきながら、産むなというのもかなり無理がある。要するに、セックスを忌避せよということだろう。新約聖書のパウロの思想を発展させたものと言える。(パウロは「結婚もしないほうが良いが、悪いことをしてしまうよりはマシなので、我慢できない人は結婚して性欲を処理しなさい」と教えているので、結婚したら自由にセックスをしても良いということになる。ローマ教皇の主張は結局、結婚してもそうケモノみたいにセックスするな、ということを意味することになる)。

フィリピンのカトリック信者たちは、ローマ教皇に「うさぎ」に譬えられて何の不満も感じないのか?

ローマAFP=時事】ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は19日、良いカトリック教徒であるために「ウサギのように」産み続ける必要はないと語り、信者らに責任ある家族計画を求めた。(写真はフィリピン・マニラでミサを行うフランシスコ法王)

世界のカトリック教徒12億人を率いる法王は、訪問先のフィリピンから帰国する機内で記者団に対し、人工的な避妊を禁じるカトリック教会の教えを擁護する一方で、必ずしも信者らに「次から次へと子どもを産み続ける」ことを求めているのではないと語った。

via 時事ドットコム:「ウサギのように」多産な必要はない、ローマ法王が信者に訴え.

イエズス会の世界戦略 (講談社選書メチエ)

教会領長崎 イエズス会と日本 (講談社選書メチエ)

新・先住民族の「近代史」: 植民地主義と新自由主義の起源を問う

ローマ教皇とナチス (文春新書)

ロシアの声「再びアジアを征服しようとするカトリック」

狭き門を通って―「神」からの離脱

「ロシアの声」は、ロシア政府の広報機関のようなもの(昔のモスクワ放送)で、これがロシア正教の見方でもあるのでしょう。

アジアにおけるカトリックのミッショナリーによる児童虐待(孤児などに対する性的虐待)は、時々告発されて報道されています。しかし、アメリカの後ろ盾のある福音派ミッショナリーの非行は更にひどく、白人至上主義と一体になっていて、タイ北部山岳地帯などの宣教組織の非行については良心的な現地アメリカ人も批判していることですが、まったく取り締まられることがないし、報道もされません。福音派系のミッショナリーは東南アジアだけでなくネパールの山村も侵食しており、アルメニア(市場最初のキリスト教国で単性論の正教)の田舎町にさえ目立つ格好をうろうろしています。アジア全体を見るとカトリックは元気がなく福音派など信教の勢いのほうが目立ちます。ただ、日本の右翼政治家や言論人にはカトリックが多いようなので、隠れた力はすごいのかもしれません。いずれにしても、アジアにおいては、キリスト教と植民地主義は一体です。

フランシスコ・ローマ法王がアジア訪問を終えた。ローマ法王は、スリランカとフィリピンの2か国を訪問した。フィリピンの首都マニラの公園で18日に開かれたミサには、600万人以上が集まった。ローマ法王がスリランカとフィリピンを訪れたのは20年ぶり。

ローマ法王フランシスコは今回の訪問の半年前に韓国を訪れた。ローマ法王の韓国訪問は25年ぶりだった。バチカンはなぜ今、これほどアジアに関心を持って いるのだろうか?東洋学者で歴史家のウラジーミル・コロトフ氏は、欧州におけるカトリック教会の権威失墜が理由だとの考えを表し、次のように語っている。

「欧州におけるカトリック教会は、深い危機に陥っている。西洋社会の完全なる道徳的水準の低下、キリスト教を含む宗教的聖人の愚弄などが見受けられる。バチカンはこれらの状況の中で、世界的発展の牽引役であり、巨大な人的および物質的ポテンシャルを有しているアジアへ関心を向けずにはいられないのだ。しかしアジアにとってカトリックは敵であり、残酷で、無慈悲なものだ。カトリックはアジアで、植民地支配と一緒に進歩を遂げた。カトリックの主な目的は、地元住民の宗教的アイデンティティを変え、民族精神や抵抗する意思を抹殺することだった。カトリックに改宗させられた原住民たちは、争わず、ストライキも起こさず、解放運動を組織することもなかった。カトリックへの改宗の最初の犠牲者となったのがフィリピン人たちだった。16世紀、征服者たちはカトリック教徒になることを拒否した人たちを全て殺害し、カトリックを受け入れた人々で傀儡政権の未来のメンバーを形成した。未だにアジアの外交力はカトリック教徒たちに頼っている。例えば、ベトナムの親米傀儡政権の全指導者がカトリック教徒だったのも、偶然ではない。しかし、バチカンにとって再びアジアを征服するのは容易なことではないだろう。カトリックは、大乗仏教が信仰されているアジア諸国でしか根付いていない。小乗仏教が広まった国では、カトリック導入の試みは成功しなかった。」

アジアにおけるカトリックの主な伝道者となったのは、イエズス会だった。イエズス会員たちは、「カラー革命」や気に入らない政権の転覆を準備している人々が現在使用している技術を用いた。欧州におけるバチカンの基盤が崩れ去ろうとしている今、バチカンは、大きな人的および経済的資源があるアジアへ、自分たちの使節団を派遣している。

【教会で英会話】英会話が上達する「心構え」から「アプリの使い方」まで【海外在住の日本人が専門家に訊く!】

http://dmm-news.com/article/910496/

「外人の集まる教会へ行って英会話の練習をしましょう」というのは今や公然の秘密になってるようです。

キリスト教会側も当然、それを利用している。日本人の英語コンプレックス、「英会話」の強迫観念がキリスト教布教の手段になっている。「白人との国際交流」の下心も。

日本人キリスト教徒のキモ率が高いのも自然です。

どんどん話すための瞬間英作文トレーニング (CD BOOK)

田舎のキリスト教会はたちが悪い。セクトを問わず。

もっと教会を行きやすくする本―「新来者」から日本のキリスト教界へ

外部とのギャップが大きいこともあろうが、たちが悪い。

  • 上から目線(当然)
  • 偉そうな態度(これも当然)
  • 選民意識

私は東京にいた時も、実は時々教会に出入りしていたが、ハッキリ申し上げて、毛唐と英会話の練習がただでできるとか、聖書の学習会にただで参加して「善である神がなぜ悪を創造したのか」についての議論を楽しんだり、というメリットがあった。競争が激しいので、屁理屈ばっかり言う人間でも結構歓迎してくれる。

これに対して、田舎町の教会は本当に排他的。興味本位はお断りと言いたいのかもしれないが、非信徒向けの聖書読書会さえ開いていないところが多い。集会や礼拝である程度洗脳してから初めて聖書の読書会に参加させてあげますというプロテスタントの教会も多い。上のような根本的な疑問を突きつけられると答えられず、田舎社会での権威を傷つけられて困るからだろう。電話での問い合わせに対してのケンモホロロな対応とかもすごい。完全に選民意識に凝り固まっている連中だね。

聖書の勉強をするには、批判的に学ぶにしても、東京の福音派系の教会はけっこうよくしてくれる。福音派自体はカルトだが。「悪はなぜ存在するのか」なんてツッコミにマジメに答えてくれるだけでも、個々の信徒には善意があるといえるだろう。田舎の教会なんかでそんなことを言ったら、連中はすぐに怒りだして追い出されることになるだろう。