April 25, 2017 at 05:21PM

俺は仏教にはまったく同情を感じないし義理もないが、YouTubeで苫米地英人氏に反発している嫉妬深い自称仏教徒たちが見落としていることがあると思う。「待機説法」ということ。つまり、あなたが過去に坊さんや仏教の専門家から聞いた話は(活字も含み)『あなたの水準に合わせた説法』だということ。

「喩えを用いて教える理由」というのがあるが、そもそも宗教的な真理を人間の言語で定式化・ドグマ化できると思うのが見当違いである。

「輪廻転生」や「死後の世界」を信じている凡夫が大多数を占める集団を前にしてそれらを否定してもしかたがないだろう。それらに触れないか、前提としつつ、なお説くことができ、説く価値があることがある。転生とか死後の世界なんてないよと言ったら絶望して自暴自棄になりかねない愚民を前にして、わざわざ本当のことを言う必要はない。そんな段階ではないからだ。

大宗教には、人間生活の基本的な規範を教えるという役割がある。殺すな、盗むな、姦淫するな、隣人を愛しなさい、自分の心に目を向けなさい、というような基本的な教えを組織的に説くことがまず必要である。その際、輪廻転生があるかないかなどということはどうでも良い。民衆の中にはペダンチックな凡夫も意外に多いので、ちょっと教理の飾りをつけてやっても良い。

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