「引き寄せの法則」再検討2

「引き寄せの法則」再検討2

「引き寄せの法則」説は、当初、思考は現実化する、あなたの現実はあなたの心の反映である、ポジティブ思考のイメージトレーニングをしましょう、といった安直なオカルト的自己啓発思想として大々的に布教された。安直さとオカルト風味で多くの人を惹きつけたが、当然ながらそれでうまくいくという人は少ない。今でもYouTubeを探すと、ひたすら札束の写真を見せる動画とか、「あなたには毎月一千万円入ってきます」「あなたの髪はフサフサです」といった「アファメーション」を聞かせてくれる動画が氾濫している。タダなら良いが、下手にのめり込んだらそんなセミナーで大金を取られかねない。

世の中馬鹿な人ばかりではなく、賢いとは言えないがまったくのアホではない、という人が大半である。このような安直な「イメージは現実化する」説がウソであることは、「引き寄せの法則」説を信じたい人も薄々気づくようになる。

そこで出てきた(または、以前から説かれていたが強調されるようになった)言い訳の1つが、前記事の「心のあり方」説である。つまり、幸福な現実を引き寄せる人は、最初から幸福感を感じ満足している人であり、幸福な人として行為し、その結果、現実に幸福になるという説。トートロジーの詭弁のように見えるが、引き寄せの法則を説く人は、大抵、自分も成功していて、もっと凄い成功者の知り合いもいるという触れ込みなので、「現にそうなんだもん」と言われてしまう。

もう1つの言い訳が、少し角度を変えて、「本心から願っていること」は必ず実現している、というものである。オカルト趣味の人にはこっちのほうが味わい深いかもしれない。幸福になれない人は、実は本心から幸福になりたいと思っていない。幸福でない現状に留まるほうが快適であったり、自分は幸福になってはいけないという思い込みがあり、心の深いところで自分に対して幸福になることを「許可」していない、という。難しい「コンフォートゾーン」の話も要するにこれだろう。

確かにそういうこともあるかもしれない。「女日照りで、女が欲しい」という人は、心の奥底では、その欲求が満たされるのを望んでいないかもしれない。「女日照り」の現実を愛している可能性がある。性的飢渴は若い生命力の証明である。女に餓(かつ)えて、やりてーやりてーと想いながらオナニーするほうが、正規に性欲が満たされてしまうよりも実は楽しい可能性がある。あるいは、性欲は激しく切迫しているが、同時に卑しい欲望だと感じていて、それを本格的に満たしても虚しさしか得られないのではないかと心の深いところで予想していることも考えられる。その他にもいろいろな理由で切迫した性欲の充足を望まないことがあるだろう。「自分は女日照りである」という自己イメージを強く愛しているとも言えるので、前記事の「心のあり方」説とも両立する。

「引き寄せの法則」説が現実の処世に役に立つかは疑問だが、いろいろなことを考えるネタにはなると思う。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s