インターネット March 8, 2017 at 02:35AM

名前も顔も明かさず匿名で発信することは、やはり不健全なことなのかもしれない。インターネットが始まったころ(1997年頃)、その魅力は、何よりもこの匿名性と顔の見えない多数の聴衆の存在だった。実名顔出しの世界では公にできない本音を、不特定多数の閲覧する匿名掲示板にぶちまけるのは、エキサイティングな経験だった。その本音殴り書きの流れが、今のネトウヨに繋がっている。私も掲示板のノリを引きずったまま2005年頃にブログを始めて今に至っている。インターネットに何か書くときは、アングラな気分を引きずっていることを否定できない。その積み重ねが自分のアカウントになっているので、身元がバレるのが一番怖いのだとも言える。インターネット上で同一性を保ちたいのは、自分自身の趣味なり思想なりを表現していきたいからには違いないが、リアルな身元とは関連付けられたくない。良くも悪くも、SNSで表現を始めた人とは違う。身元を明かして表現するという前提なら、私も閉鎖的なSNSだけで表現していたと思う。現実には、匿名という前提で表現を積み重ね、インターネット上の人格を作ってきてしまった。ウソは書いていないつもりだが、紙の日記にしか書かないことは当然あるし、ネット上に形成されるのは「リアル」とは別人格だと言わなければならない。しかし同時に、私の場合、「リアル」が何も起こらない日常なので、ネットに書きすぎると、自分の人格がどこにあるのか自分でもわからなくなることがある。

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