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Baru Hitamを出て、クアンタンに戻る。

12月18日。朝からひどい嵐。昨晩から嵐だったが、一晩中悲鳴のような海鳴りがしていた。人間の立てる音は何も聞こえないが、海に面しているので海の立てる音が大変である。海の音は決して一様でも単調でもない。複数の質の違う音が大音響で迫ってくる。これが車の騒音だったら耐えられないだろう。車道に面した家にいるくらいの音量である。ところが、海だと思うと苦にならないのは不思議なことだ。

午前5時40分に起きる。少し寝坊した。昨晩寝たのは午後9時。勉強を少しした後、近くのローカル店でコーヒーを飲んだり、ココナッツミルクで炊いた少しだけ甘いもち米の朝食を食べたりする。

バトゥヒタムBatu Hitamは自然環境は良いが、人間の感じはあまり良いとは言えない。マレー人ばかりである。粗野で無愛想で偉そうにしている人が多い。行儀も悪い。余所者や華人に対して強い敵意を持っているようにも見える(日本人などは滅多に来ないので、おそらく華人と見られているだろう)。人間はクアンタン市内の方が良い。

同じくマレー人でもクランタン州(コタバル付近)のマレー人の方が穏やかで洗練された印象を与える。

荷造りを済ませ、午前9時ごろ、泊まっていたKak Ani Homestayを出る。ここの管理人夫婦も男は粗野、女の方は、色白でまぁ美人だが、仏頂面でまともに挨拶も返さない。トゥドゥンはしていない。管理人の家のドアをノックしたが、子供しか出てこなかったので、鍵を渡してそのまま行く。滞在中に、浜辺でヤドカリを採っていた。それが大量に溜まってしまった。ペットボトルに入れたまま部屋においてきた。ヤドカリは、色々な種類の貝を宿にする。流れ者のくせに、自分が拾った貝から離れようとせず、死ぬまでしがみついている。

Kak Ani Homestayの隣の粗末な平屋に住んでいる白人のおばさんは、あれから一度も見なかった。質素で平凡な服装(洗いざらした木綿の、適当な長さのフレアスカートとシャツ。昔の西洋風またはアメリカ風の服装という感じ)で、ボサボサの色混じりの髪の痩せたおばさんだった。車も置いていない。木造の家だが、Wi-Fiのシグナルもまったくない。

5分ぐらい南に戻ったところにバス停らしい東屋があるので、そこで待っていた。バスは通っているはずだが、滞在中一度も見ていない。9時25分頃、白タクが声を掛けてきた。マレー人の白タクはふっかけてくるし負けさせようとするとドスの効いた声で恫喝してくることがあるので、安易に乗らない方が良いが、この運転手は、最初から5リンギとハッキリ言ってきたので、乗ることにした。バスは2リンギ。運転手はBalokの住人でパートタイムでこれをやっているという。次のバス停で、老人をまた一人乗せた。15分ぐらいでクアンタンのローカルバスターミナル近くに着いた。老人が先に降りたが、5リンギ札を出して釣りをもらっていた。

パンタイ・バトゥ・ヒタム Pantai Batu Hitam 15Dec2015

クアンタンから一番近いビーチリゾート。比較的遠浅で、砂浜もあり、砂浜はまあまあきれいで、(少なくとも平日は)静かな海浜である。あまり開発されておらず、宿泊施設やレストランは少ない。宿泊料や物価はマレー半島東岸のリゾートの平均的な水準だと思う。コタバルのPCBにあるような安いゲストハウスはない。

Batu Hitamは「黒い岩」という意味。一番大きな「ブラックストーンリゾート」は荒れた感じで、あまりキレイでなく、平日昼間だったせいか人が誰もいなかった。その他にHomestayと銘打った宿が2軒ぐらいとGuesthouseと銘打った宿が1軒ある。いずれもただのリゾート宿で、名前の違いに特別な意味はない。予約なしで入りやすい感じの所は、Batu Hitamから南に(クアンタン方向に)1Kmくらい戻ったところにある「First Guest House」と、その500メートルくらい北にある「Kak Ani Homestay」だろう。「First」の方は国道に面していて喧しくしかも国道から見て海の反対側にある。国道の交通量が多いので、心理的にも海からは遠い。但しレセプションに人がちゃんといて英語も通じる。またWi-Fiもある。一番安い部屋が80リンギで定価販売。値切り交渉には応じてくれない。「Kak Ani」の方は、海岸に面していて、窓の外がすぐ浜という部屋もいくつかある。番人は常駐しておらず、看板にある電話番号に電話しなければならない。Wi-Fiはなく英語も通じない。コンクリート作りのゲストハウスで、部屋も広く綺麗である。国道からの距離もあり、(他の宿泊者次第ではあるが)非常に静かでリラックスできる環境だと思う。最初の言い値は100リンギからだが、何泊かすれば値下げに応じてくれる。海側のシングルの部屋(海が見える窓はあるが海側に出るドアはない)に3泊前払いで一泊70リンギ。蛇口やシャワーの水は茶色い。「Kak Ani」の隣の粗末な平屋の家に白人のおばさんが住んでいる。痩せ気味で、ボサボサの髪、質素な洋服。この土地に長い感じの人だった。その人が気がつけば管理人のマレー人を呼んでくれる。「ちょっと待っていて」と言われたと思うが、何語で喋っているのかわからなかった。マレー語だったのかもしれない。

海の匂いがちょっと変である。潮の香りや生臭い匂いはあまりせず、酸っぱいような臭いがする。どことなく石油の匂いに近い。天候が荒れ気味のようなので、風向きによるのかもしれない。マレー半島東海岸には油田もある。夜になってから波打ち際に出ると肌寒い。

【行き方】
クアンタンのローカルバスターミナル(Hentian Bandar)で600番のバス(ブセラBeserah方面行き)に乗り40分ぐらい。右手に海が見えて来たところから5分位のところで降りる。アナウンスも表示もないので、乗客や運転手に教えてもらうと良い。

【日記】
午前10時ごろクアンタンの張ホテルをチェックアウト。ここはシングル一泊30リンギ。寝る時の耳栓さえあれば、妙に居心地の良い宿だった。すぐ近くのローカルバスターミナルHentian Bandarで、10時30分頃に出るブセラ方面行き600番のバスに乗る。乗客に教えてもらい、ここがバトゥヒタムBatu Hitamだと言われたところで降りる。バトゥヒタムのメインのリゾートBlack Stone Resortの近くだった。しかしそこは荒廃した感じで、人影もなかったので、荷物を担いで正午前の炎天下、他の宿を探してしばらく歩き回る。暑かったが、荷物があったので雨よりは良かったかもしれない。First Guest Houseの案内看板を見てそこへ向かう途中にKak Ani Homestayという宿があったので、まずそこを見てみた。無人で鍵がかかっていたが、隣の家の白人のおばさんがたまたま気づいて、マレー人の管理人を呼んでくれた。白人のおばさんは世捨て人のような雰囲気で、白人のオーラもなく、管理人が来るとすぐに家に引っ込んでしまった。その後も外に出ているのを見ない。Kak Aniの部屋を見せてもらって値段も聞いた後、First Guest Houseを見に行く。Kak Aniの管理人は英語は全く話さない。「他を見てから決めたいから」とマレー語で言えなかったので、身振り手振りでなんとなくそこを去る。断ったと思われたかもしれない。Firstの方を見てみたが、部屋も立地もKak Aniより悪く、一番安い部屋も80リンギ。定価を譲らない。Kak Aniは交渉に応じてくれる。部屋も立地も良い。Kak Aniに泊まることに決め、もう一度戻る。また無人になっていた。今度は白人のおばさんも出てこなかったので、看板にある電話番号に電話する。オーナーらしい女の人が出て、例の管理人を呼んでくれた。最初の時には一泊80リンギと言っていたが、3泊するから一泊70リンギにしてくれないかと聞くと、電話で相談した上で、承諾してくれた。リラックスできる所だが、非常に眠くなる。読書ははかどらない。蛇口の水もシャワーもハッキリと茶色い。身体を洗うほうがキレイなのか洗わないほうがキレイなのか、迷うくらいである。鉄臭いのでタンクが錆びているのだろうが、ネズミの死骸くらい入っていてもおかしくはない。

Batu Hitamには食堂も少ない。値段もクアンタン市内より高い。マレー人の店ばかりで、コーヒーはないに等しい。コタバルのPCBリゾートにあるような、ココナッツのいろいろなデザートや海鮮メニューもないようである。この辺りのマレー人は、粗野な人が多い印象を受ける。傲慢な感じもする。コタバル周辺のマレー人の方が、立ち居振る舞いが洗練されている。店の人の感じも良い。クランタン州(コタバル)の方が貧しいはずだが。

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明日こそは移動日

日本で暮らす1か月はとても長くて辛いのに、外こもりの1か月はあっという間に過ぎてしまう。クアンタンに来て明日で4週間。特に何もない小さな町の、やや汚い安宿から動かず、毎日だいたい同じ店と同じ公共施設(とても遅いWi-Fiがある)を行き来するだけの生活。暇な時間は、・・・全く自由な生活なのに忙しく感じるのが不思議・・・、同じ本を繰り返し読んでいる。ますます規則正しくなり、早寝早起き。ここを出たくない。動きたくない。

とはいえ、何事にも終わりはあり、そろそろ潮時だと思うようになりました。明日こそは、どこかに移動しようと思う。意を決して宿を出るつもり。この近郊のビーチや丘のリゾートにはまだ行ったことがないので、無名なビーチにでも行こうかと思う。宿代が高いのが心配です。

ツイッターで「質問」ができるようになりました。例によって、愚問、下手なネタ、意味不明な質問が多いかと思いますが、回答が少ないと寂しいものなので、気が向いたらお願いします。24時間以内となっています。twitter.com/kuantanlog

「日本(自国)の文化を語れることが外国人の尊敬を得るために一番重要」というのは本当か?

よく言われる、「外国文化や外国語を勉強するよりも日本(自国)のことを学び、語れるようになりなさい。それが外国人の尊敬を得るために一番重要なことです」という話は、本当でしょうか。

私は疑問です。勿論、日本のことに特に興味がある外国人に対する場合にはその通りかもしれません。しかし、一般論としてそういうことが言えるのかどうか。

例えば、あなたが日本でパーティーを開き、いろいろな外国人を招待して歓談していたとします。今なら、中東は今後どうなるのだろうとか、ヨーロッパは変わってしまうのだろうか、ロシアはどこまでやるのか、アメリカ大統領選挙は、というような話題が、誰もが食いつける一般的な話題でしょう。ところが、客の中に、タイから来た学生が一人いて、タイの文化や歴史、プミポン国王の得の高さというような話ばかり持ち出してくる、イスラム教の話になると、タイ南部のムスリムがいかに悪党で怠惰で無教養な連中かを語り、しかし我々タイ人は彼らにも寛容なのだ、などと自慢をするとしたら、一座の人はどう思うでしょうか。白けるでしょう。途上国の無教養な学生だな、と思われて終わりです。しかし、世界に受け入れられている「微笑みの国」(実態は全く逆ですが)、「仏教国」「小乗仏教」「国王が尊敬されている」という枠組を逸れない範囲で、他の客の予想をしていることを上手に喋れば、気の利いた若者と思われるだろうと思います。

日本について語る場合も同じことです。まず、外国人に語るのだから外国語ができることが第一です。そして相手が日本に対して持っているイメージを追認してやることが有効です。集団で行動するとか、個人より全体を重視し、上下関係を重んじるとか、アニメの文化が優れているがそれとともに児童ポルノが野放しにされているという憂うべき事態がある、とか言えば、欧米人は満足してくれるはずです。さらに、日本人が視覚的な技芸に秀でているのは、日本語が読み書きを中心として発達した言語であるからだろう、などという、相手の予期していない情報もすこし付け加えておけば、知的な人と見られるかもしれません。しかし、基本的には、相手が持っている先入観の大枠を逸脱しないことが大事です。特に欧米人相手の会話では、この「基本枠」を壊すような発言は禁物です。無作法な野蛮人と見做され、以後完全に無視されるようになり、場合によってはすぐに出ていくように言われるでしょう。

だから、外国人に好かれるために日本について語れるようになるということは、対象外国人が日本をどう見たがっているかをよく知るということにほかなりません。それができても、愛されるというレベルであって、尊敬されるというレベルではありません。

外国人の尊敬を得るためには、ギリシャ、ラテンの古典に通じていることが有効だと言われています。実際欧米の知識層にはギリシア語、ラテン語に通暁していて、古典を暗唱しているような人が少なくないようです。日本でも、私が大学に入ってマルクスと格闘していた時、東大法学部に入った人は翻訳ながらキケロを読んでいました。この差だといえます。自然な会話の流れの中で古典教養がにじみ出てくるようになれば、ちょっとした会話で尊敬を得るようになれるのだと思います。もちろん、知ったかぶりや通ぶりではダメです。

よく言われる「日本(自国)のことを学びなさい」は、外国語や外国文化の勉強を疎かにする口実でしかありません。大人になってから外国語を本当にマスターするには30年位かかると言われています。だから、そういう説教をする者自身、自分が怠ける口実を探している可能性が高いのです。しかし、いやしくも知識人を志すなら、30年の語学修行程度は乗り越えるべきでしょう。そこまでやって初めて、外国の文化も自国の文化も見えてくるのだと思います。

クアンタンにおける「売春」

「クアンタン 置屋」で検索してくるような人もいるので、一応書いておきます。

マレーシアのクアンタンは、マレー半島東岸の町にしては、華人の多いところだと思います。少なくともここより北の東岸の町よりは中国系やインド系が多い。中華街的な一画もあり、薬種商が並んでいたり、床屋やスヌーカー屋があったりします。薬屋の前には、立ち飲みの煎薬が並べてあったりするのは、バンコクの中華街を思い出さなくもない。床屋やプールバーの奥で何が行われているのかは、立ち入ったことがないのでわかりません。立っている女性も少しはいます。声をかける人もいる。

ただ、重要なことは、マレーシアでは絶対的な供給が少ないということです。マレーシアは売春に厳しい国です。警察の取締りが厳しいのです。タイのような公然たる売春はほとんど存在しません。クアラルンプールのブキビンタンで「ジキジキジキジキ!」と叫んでいるインド人を見るかもしれませんが、その言葉は(インドやネパール経験のある)日本人にしか意味がわからないからです。取締りが厳しくても、売春が存在しないわけではありませんが、厳しい分だけ役人の取り分も多いのです。

供給が少ないうえに役人の取り分が多いとどういうことになるか。需要は確実に存在しています。比較的若い男性の中には、どうしてもという人が必ずいます。切迫した欲望に駆られている場合には、下品な表現になりますが「穴があればいい」という状況になるでしょう。そういう男性がたくさんいるはずです。しかし、供給は少ない。そうなるとどういう事態が生じるのか。

時間とお金に余裕のあるマレーシア男性は、その目的では、「タイへ行く」のが常識になっています。マレーシアとタイの間に、スンガイゴロクという国境の川があります。国境のクランタン州側はランタウバンジャンという何もない町ですが、タイ側には「スンガイコーロク」というちょっとした町があります。このスンガイコーロクがかなり悪名の高い町で、一見してそれとわかる売春宿が並んでおり、タイ北部やミャンマーの少数民族の少女の人身売買の目的地になっているとも言われます。マレーシア人男性の目的地でもあるのでしょう。

既婚のマレーシア男性にとって、パスポートに(事情のはっきりしない)タイのスタンプがあるということは、非常に都合の悪いことです。これだけで大変な家庭争議の原因になる。そこで、タイのスタンプがついたパスポートを破り捨ててしまい、紛失したとか盗難にあったと届け出る者が後を絶ちません。そういうこともあり、マレーシアではパスポートの再発行が難しくなっているということです。

話がそれましたが、もう一つ、「クアンタン 置屋」で来るような人にとって重要なことですが、需要は(切迫した需要が)確実に存在するが、供給が少ないと、どういうことが起きるかということをよく考えるべきです。誰もが必要なときにタイへ行けるわけではない。その需要は深夜に激しく燃え上がることが多い。若い男性の需要である。

簡単なことですが、一言でいえば、お化けみたいな人が多くなるということです。しかも、需要は切迫しているので、値段は高くなる。(切迫していない客はタイへ行っている)。タイより物価も高い。取締りが厳しい(賄賂が上乗せされる)ので、さらに高くなるでしょう。

町を歩いていても、一見して売春婦とわかる人は少なくありませんが、たいていは非常に太っています。薄暗い床屋に続く階段の下に身を潜めている女性も、この道何十年で悪い病気でがりがりになっているような人だったり、肉の塊に白い粉を塗ったような人だったりです。このことは、クアラルンプールの中華街でも同じです。

だから、クアラルンプールであれクアンタンであれ、「マレーシアで買春」などということは、(お化け愛好家以外の人は)、考えないことです。人に対して「お化け」というのは失礼な言葉ですが、まぁ、このような検索で来る人に理解してもらうには、ほかの表現が見つからないので、仕方がありません。

マレーシアは、結構なことに、売春の取り締まりがどんどん厳しくなっているようで、このような女性も数年前に比べると見かけなくなったように思います。

実は、最近気づいたことですが、私が3週間滞在している旅店も、半ば売春宿のようなところでした。中庭があり、向かいの列に2、3人の女性が長期滞在しています。このホテルに住んでいるようです。やはりみな太った厚化粧の女性ですが、その人たちも売春をしているようです。自分の部屋に客を入れているのかどうかまではわかりませんが、中途半端な距離でマレー人男性と出入りするところを見かけます。また、私の隣の部屋はいつもしまっています。私は、だいたい夜10時ごろに寝るのですが、12時や午前1時に目が覚めることがあります。トイレに行こうとして部屋の外に出ると、隣の部屋の扉が開いていて、中に色白の華人女性がいて、何かわめいている。そして、廊下には、薄汚い感じのインド系やマレー系の比較的若い男性が2,3人、しょぼんとした感じで佇んでいる。順番に待っているようなのです。(つまり、それだけ供給不足、需要過剰なのです)。そんなことが何度かありますが、こちらも耳栓をして寝ているし、寝ぼけているのでよく見ません。同じ女性が毎晩同じ部屋に来て仕事をしているようでもあります。私が寝る10時ごろまでは何の物音もしません。

そういうわけなので、マレーシアで買春とか考えないことが肝心です。マレーシアに限らず、東南アジアへの買春旅行は、恥ずかしいことなので、やめてほしいと思います。