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タマン・デサ

以前コンドミニアムを借りていたことのあるクアラルンプール郊外のタマン・デサに来た。華人の知り合いカップルが住んでいる。その人たち所有のコンドを借りていた。彼らは本当に良くしてくれる。カネには厳格だが、今朝の朝食はおごってくれた。

Nexus7の不調はケーブルの接触不良かもしれない。その人の家のケーブルを使ったら普通に充電できた。

このカップルはかなり余裕があって、しょっちゅう旅行ばかりしている。今日もペナンへ出かけていった。数日滞在し、次は中国の深セン辺りに行くという。カナダやオーストラリアにも親戚や友達がたくさんいて、いつも行き来しているようだ。華人のネットワークの豊かさを大半の日本人は甘く見ている。「中国」という国家など彼らにとってはどうでも良いのだ。「チャイニーズ」はますます栄え、滅びることはない。日本人の狭い世界とは大きな違いである。不動産をいくつももっていて、働かなくても遊んで食べていけるらしい。

彼らが、オレのような貧乏旅行者を長年相手にしてくれて、何かと面倒を見てくれるのは、一つにはオレが「日本」という看板を背負っているからかもしれない。今朝彼らの家に入るとすぐにテレビをつけてNHKを見せてくれた。しかし、それ以上に、華人はちょっとした「つきあい」を大切にするのだろう。

今日は歯医者に行く。奥歯の詰め物がダランで取れてしまった。難しい治療ではないのでクアラルンプールでやろうと思って、昨日その人に電話で相談すると、すぐにタマン・デサの自分たちの行きつけの歯医者に予約を入れてくれた。腕も確かだということなので、まあ安心だろう。さきほど歯医者の場所を教えてくれて、受付に私を連れて行き「面通し」までしてくれてから、彼らはペナンに向かった。予約は午後。

その歯医者のロビーはとても豪華なサロンである。キレイで、コーヒー、紅茶など無料で自由に飲める。日本の歯医者のようなキリキリした神経に触る雰囲気がない。彼らは常連でもあるので自由に入って何か飲んでトイレを借りたりしていた。以前彼らに連れて行ってもらった銀行のロビーもそんな感じだった。豪華だがくつろげる場所。少し余裕のあるマレーシア人は、大半の日本人よりずっと豊かな生活をしているのだと思う。

Nexus7の故障

ほぼ唯一の通信機器であるNexus7がここ数日のうちに充電できなくなってしまった。電源に繋いで充電中とあるのに電池が減っていく。Nexus7を買ってからまだ1年半しかたっていない。

Nexus7を買ってから、良いことがない。Googleにアカウントを削除されたのもたぶんNexus7の自動バックアップが原因。

クアラルンプールでパソコンなどを買うと必ず失敗するので、これが動かなくなったら、インターネットなしにするか日本に買いに帰るかしかない。

Wheelersゲストハウスという所に入る。

3か月ちょっと前に泊まったことのあるKLチャイナタウンJalannHSLeeにあるゲストハウス。割高で向かいにレゲエバーがあり夜中大騒音に悩まされるところ。さらに割高になっていたが、一応Wi-Fiがある。

以前定宿にしていたリーズナブルな「楽安酒店」がなくなってから、泊まるあてがない。長期なら知り合いのコンドミニアムが借りられるかも知れないが、不便な郊外になる。新しい良い宿を探す気力も出ない。クアラルンプールの物価もどんどん高くなっている。

このゲストハウスは朝食がつく。(といってもマレーシアのまずい食パンとバッグで入れたまずいコーヒー紅茶のみ)。その食堂にへばりついて大きな声でアメリカ風の英語を喋り散らしているアジア女がいる。

パソコンを覗いている白人のオジサンにしきりに話しかけているのだが、白人のオジサンの方はやや迷惑そうで、乗ってこない。それでもお構いなしに、このアジア女は、白人女でも必ずしもしないような、たぶんアメリカ風の身振りをまじえて、喋り続ける。英語を話すために喋り続けている感じ。英語の発音はアメリカ風にしているようだが、ときどきどこか日本人的なところもある。

「ゲストハウス」に巣食う日本人「英会話女」か。

クアラルンプールに着いた。

現地時間7時過ぎにクアラルンプール着。あまり心楽しくない。
疲れていたので甘いホワイトコーヒーでも飲みたかったが、
Old Town White Coffeeの接客は最悪だ。これが初めてではないが、klia2の一番目立つ所にあるカフェ。
タイ人と同じ接客をする。
オレが座っても完全に無視。
後から来た白人が座ると、すぐさまヘラヘラと注文を取りに行く。
真ん中辺の席にしばらく座っていたが、注文も取りに来ないので立ち去った。
次に入ったHainan Coffeeの方はすぐに注文を取りに来た。

KLに来てもOld Town White Coffeeはボイコットしよう。

このテント小屋の何処かで

路上のテントの中で、スマホらしきものを熱心に覗きこみながら飯を食っている女の子を見かけた。光っていたがどこで充電するのか。

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日本の生活保護受給者はスマホも持つことが許されないらしいが、インド製は新品で5000円位からあるようだし、中古ならもっと安い。SIMフリーで誰でもいつからでも使える。

「放射能対策」

手続き通りに進めば、私は今日深夜コルコタを出て、飛行機でクアラルンプールに向かう。クアラルンプールは日常的な旅行起点である。非日常の旅行から引き離されて日常の(惨めな)現実に引き戻されていく感じがする。

ネット論者の中には、日本は全国的に危険な放射性物質を含んだ水蒸気に覆われていて、日本国家が近々崩壊するのはもちろん、「日本民族」の滅亡も必定だ、という煽動をしきりにしている者がいる。

ただ、そんな人に限って、「日本民族」をなんとか救いたい、と言ったかと思うと、他人のことはどうでも良いから自分と家族のことだけを考えろ、と言ったり、ロシアや中国への集団疎開が必要だと言ったかと思うと、もう4年間も放射能を吸ってしまったのだから疎開や避難など無駄であり、自宅に「放射能ゼロ空間」を作って引きこもるのが一番だと言ったり、支離滅裂である。私のようなヒキコモリならいくらでも引き篭もれるが、普通の社会生活をしている人は屋外の放射能空気を避けて引きこもることなど出来ないだろう。そのうえ、放射能に効くという自分の健康食品を売り込んでいる。

こういう詐欺師の言論を真に受けないのがまず大切である。

本題に戻ると、自分が確かに知りうる範囲を明確にすることがまず大切である。次に、自力でコントロールできる範囲を(明確にはならないが)よく吟味することが大切だ。

いずれも非常に少ないことがわかるはずである。日本列島がどんなに放射能汚染されているとしても、日本列島の「日本民族」が滅亡しないことは前にも書いた。むしろ淘汰されて強力な民族になるだろう。生命力のない者、ストレスに弱い者、運の悪いものから、肉体や精神の病気になって死んでいき、放射能も将来の不安もモノともしない、真に強靭な精神と肉体の持ち主だけが生き残り再び優生な子孫を増やすという、愛国者に取ってはまことに都合の良いことになるだけだ。

個人にとっては、確かに知りうる範囲はほとんどない。当然、コントロールできることもほとんどない。いくら免疫力が強い人でも、放射能への感受性が高い人もいるだろう。

だから、仮に日本が放射能汚染で「もう終わりになっている」とした場合の話だが(これもどんな科学者にも確かに知りうることではない)、個人としてできることは限られており、シンプルである。

まず、事情が許す人は海外に移住することである。4年間放射能水蒸気を吸ってしまったとしても、これから何十年も吸い続けるよりは良いだろう。海外生活にはさなざまなリスクがつきまとうが、「日本の放射能」から逃げたいのなら、海外に逃げるしかない。

それができない人は、くよくよしないことが一番だと思う。くよくよすることによるストレスは、非常に健康に悪い。私がくよくよする方だからこのことはよくわかる。おそらく「放射能水蒸気」よりも実害が大きいだろう。くよくよしているところに放射能のダブルパンチで、何も気にしていない人は罹らないような放射能障害を起こす可能性もある。

くよくよしないために、具体的にどうすればよいか。

結論を言えば、神を信じることが一番有効である。神を信じて、すべてを委ねるのが良い。神がお決めになるだろう。神はご自分の愛する者を救いたまう。誰かが神に愛されているかどうかは、やはり人智の及ぶところではない。これはオカルトではなく、宗教でさえない。神という言葉でしか表現できない究極的な最高叡智の存在者が存在する。そのような存在者に「委ねる」ということである。これ以外に、安心の決め手はない。もちろん、自分が確かに知りうる範囲を見定め(非常に小さいが)、自分がコントロールできそうな範囲で最善を尽くすことを前提としての話である。(タバコを吸えば放射能の影響も大きくなることは確かに知られているから、タバコを吸いながら放射能を憂いているのは意味がない)。今夜私が乗る予定の飛行機も、インド洋に落ちても少しも不思議ではないのだ。誰もが、気づいていないだけで、そういうギリギリの線の上を生かされている。神は偉大なり、と言うことである。