Monthly Archives: March 2015

「日本語で話しかけているのに英語で答えてくるのは日本人の外人差別だ」と主張する外国人の真意と心理

結論から言えば、たとえ日本語で話しかけてきたとしても、そこが自分の家の庭先だったとしても、話しかけてきたのが外国人と分かる者であるなら、英語で応対すべきです。道を教えられる程度の英語は覚えられるはずなので、そのような事案は英語で処理すべきです。

欧米人が日本人に対して日本語を使うのは、自分が「高い地位」にいるという意識に基づくものです。高みに身をおきながら、「下の者」に合わせてやり、媚び、改めて自分の高い地位を確認するのです。

日本語で話してやっているのに英語で答えられるということは、この優越意識に楯突かれることであり、彼らにとっては不愉快です。この不愉快さを「日本人の外国人差別」にすり替えているのです。

あるいは、無意識に持っている「日本語で話しかける行為」の背後にある自らの優越意識や差別意識に気づかされることも、彼らにとっては不愉快です。それも「日本人の差別意識」にすり替え、投影します。

英語で話すということは、対等の立場に立つということです。日本人にそういう意思表示をされることが、この種の外国人にとっては不愉快なのです。

英語のネイティブだと言っても、必ずしも正しい文法や語法を使えているわけではなく、一種の英語コンプレックスを持っていることもありえます。

3月24日、バサンタプルに着く

クアラルンプールで買ったSIMフリーのiPhoneにネパールのSIMカードを入れて使うつもりだったが、バサンタプルではそのiPhoneに入る小さいSIMカードが手に入らず断念。docomoのパケット通信も使えず、iモードメールも使えない。通信手段は国際電話だけかと覚悟したが、YakホテルにWi-Fiができていた。(Yakホテルは食事は旨いが、部屋は狭く壁は板だけで非常に喧しい。白人ツーリストが泊まることも多く、白人も喧しいが、それ以上に、白人を前にしたアジア人〔ここではチベット人〕の醜さを見せつけられるので、宿泊はしない)。

3月24日、カトマンドゥ発の国内線Yeti Airで、ネパール東部のTumlingtarへ。Yeti Airは自由席で、頭上の手荷物入れもない。

Tumlingtarから一番近い、バスの来る町はチャインプル。チャインプルからバサンタプルへ行くバスは、最終が午後1時でもう間に合わない。

幸いタマンのハイヤー(白タク?)がいた。わりと良い大きな車だった。タマンの青年には、チャインプルで一泊して明朝のバスでバサンタプルに向かうことを勧められる。チャインプルまで3000ルピア、もしバサンタプルまで行くなら12000ルピアだという。バサンタプルまでは行きたがらない。

しかたがないので、チャインプルまでということで車に乗った。しかし、荷物が多いし目的地はバサンタプルなので、思い直して、なんとかバサンタプルまで行ってくれないかともう一度頼んでみた。するとタマンの青年は、気が変わったのか、バサンタプルまで行っても良いと言い出した。しかも10000ルピアにしてくれるという。

彼がバサンタプルまで行きたがらなかった理由がわかった。Tumlingtarからチャインプルまでの1時間の道のりは、曲がりくねってはいたが良い道だった。ところが、チャインプルを過ぎると道が悪くなり、バサンタプルに近づくにつれてひどい悪路になっていった。場所によっては人の歩くほどの速さで走らせても車にガタが来そうな衝撃で揺れるデコボコ道もあり、道のどこに両輪を載せて行くか常に慎重に考えて車を走らせなければならないところが多かった。そんな道を3時間走り、空港から4時間で目的地バサンタプルに着く。

4年ぶりのバサンタプル。覚悟していたほどには失望しなかった。美しかった丘が削られ、道でズタズタにされていた。私はこの町の「神聖な丘」だと思っていた。その付近には外国人ツーリストがテントを張ることもある草地もあったが、そんな余裕のある空間はもうどこにもなくなっている。新しいバラックが立ち並び、ジャングルは遠くなり浅くなってしまった。それでも、バサンタプルの町の骨格はまだ保たれている。

知人の多くがカトマンドゥなどに出ていなくなってしまったが、残っている人の多くは私のことを覚えていてくれた。

上述の理由でYakホテルを避け、何度か長期滞在したことのあるチェトリのローカル宿「アンナプルナホテル」に入る。アンナプルナホテルは、汚いがコンクリート製で部屋が比較的静か。ローマ字の看板はない。

驚いたのは、4年以上前に捨てるつもりで預けて行ったキャリーバッグを、きれいな状態で保管していてくれたこと。宿の主人(オーナー)に大歓迎された。家賃は大幅に割引してもらい、宿賃も飲食代もすべてツケで後払い。もちろん、デポジットも取らずパスポートも見ない。到着した日の晩には、質素ながら夕食に招いてくれた。しかし、この歓迎には理由がないとも言えないと思う。アンナプルナホテルについては、また後ほど、環境に余裕のある時に、過去記事を引いて書きたいと思う。

チェリーゲストハウスを無事チェックアウト

危険な男とその仲間のマリファナ沈没者(子連れを含む)はまだ残っているようだが、早朝すべての荷物を救出。

暴力男(大柄で凄い腕力、眠そうな糸のように細い目がつり上がっている)にかち合うこともなく無事チェックアウトすることができました。

チェリーゲストハウスはかつてはガイドブックに載っていたこともあると思いますが、今では一般旅行者が安心して泊まれる宿ではなくなっています。

最後に残るのがあの暴力男と子連れガンジャ沈没者たちだけかもしれません。欧米人客が多数派にならない限り、先はないのではないかと思う。

いずれにしても、麻薬と暴力の犯罪行為が放任されている宿なので、ネパール警察による一刻も早い手入れを期待します。

宿帳も押収して出国時に厳しく調べるべきでしょう。パスポート番号は控えているはず。

宿泊者名簿は日本大使館にも提出すべきで、日本入管は該当者が日本に持ち込む荷物を厳重に検査すべきです。

腕力のある者が帝王になれる世界

麻薬も暴力もやり放題。

宿内で起きる事件に関しては、警察も呼ばれず、動かず、日本大使館も一切関与しない。日本大使館員は、警察を呼べ、我々は関知しないというのだが、宿の主は絶対に呼ばせないという。ネパールの携帯電話も持っていないし、110番があるのかどうかさえわからない。

私はネパール人が警察を呼ぶのを見たことが一度だけあるが、被害者(その時は韓国人ツーリストに暴力をふるわれていたシェルパの女だった。ガイドと称する契約売春をしていて支払い金額でトラブルになったらしい)が、やってきた警察官に礼金を支払っていた。ネパールでは警察を呼ぶ者が「代金」を支払わなければならない。日本大使館員はこの事実を否定していたが、私はそういう現場を見たことがある。

だから、日本人宿のような空間で何が起きようと、ネパールではどんな権力も動かない。その場で腕力のある者の勝ちである。

ヤクザにとってネパールが利用価値のある国かどうかはわからないが、チェリーゲストハウスのような宿の中でどんな薬物を取引しても、内部でやっている限り、取り締まられるということはない。

仮に日本大使館がその事実を熟知していても、日本大使館がネパール警察に働きかけることはないし、ネパール警察がその事実を熟知していても日本人宿のようなゲストハウス内に立ち入ることはない。通報があったとしても直ちに動くということはありえない。(韓国人とシェルパ女のケースでも通報してから警察が来るのに一時間くらいかかっていた)。

腕力で天下を取りたい者、人を殴ってみたい者、麻薬を思いっきりやりたい者、馬鹿な日本人ツーリストに薬物を売って少々儲けてみたい者(貧乏な若いツーリストが多いので丸裸にしても大して儲からないが借金を負わせて日本で奴隷にするというウシジマくんみたいなシナリオはアリかも)、等にはチェリーゲストハウスはお勧めの宿である。

チェリーゲストハウスで日本人滞在者に暴力をふるわれる

旅先で暴力をふるわれたことは滅多にない。一度クアラルンプールの駅のホームでタイ人売春婦を連れた白人を挑発して蹴られたことがあったが、その時は私が悪いことを言って挑発したのだった。

今回は子連れ畜群グループの仲間の一人だが、一言も口を聞いたことのない日本人に、因縁をつけられ追いかけられ、部屋にまで押し込んで来、なんとか脱出すると、ロビーに組み伏せられて、どうしようもなくなった。力では完全に負けている。

ガンジャ、騒音、公共空間を占拠し汚しっぱなし。そして彼らを嫌い同調しない日本人には平気で暴力を振るう。

天理教徒の経営者アニールに話しても警察には言えないという。彼らが責任を取られるからだ。警察に金も払わなければならない。言い訳ばかりで何もしようとしない。

チェリーゲストハウスは、危険な日本人の溜まり場になっている。

畜群グループの色黒の日本女は「静かなところがいいならあなたが出ればいいんじゃないですか」と平然という。全くその通りで、チェリーゲストハウスは、正常な、真っ当な旅行者の泊まるべきところではなくなっていたのだ。insaneな人間向けの宿だ。

冷水シャワーの習慣がほぼ定着

寝起きの冷水シャワーを始めて3週間、寝る前にも浴びるようになって約2週間たち、冷水浴びが自分の習慣としてほぼ定着しました。

カトマンドゥは、緯度では沖縄と同じくらい、標高は1300メートルちょっとなので、本州の大部分よりは暖かいかもしれません。

これが体に良いかどうかは不明。

ただ、頭はコンピュータなので熱くなるはずでカロリーも大量に消費するというので、一般に頭をよく冷やして悪いことはないでしょう。(但し冬山などの極寒地では別で、脳を寒気から保護することが命に関わる重要なことだそうです)。

肌寒い朝も、寝ている間に体を冷やしてしまった朝も、のどが痛む朝も(カトマンドゥの空気が悪いからですが)、必ず3分以上、頭、胸、腹、背中、とまんべんなく全身に冷水シャワーを浴びるようにしています。これで(風邪気味などの)「症状が悪化する」ということはないようです。

しかし、冷水シャワーが「気持ちの良い」習慣になってしまうことには、私がこれを始めた本来の趣旨から言って、気をつけるべきかもしれない。簡単に言ってしまえば、ささやかながら苦行の要素を毎日の生活に取り入れてケジメをつける、という趣旨で始めたことだからです。
 

今もここは停電、自家発電で小さな電灯と細々としたWi-Fiは動いているようです。数年前までは蝋燭が必需品でスーパーにいろんな種類のがたくさん売られていましたが、見なくなりました。

ゲストハウスの日本人の客層の明らかな悪化、それに対する中国人ツーリストのマナーの若干の向上とファッションや振る舞いの漸次的洗練が印象的です。

下駄のような履物でゲストハウスの廊下や階段を蹴りつけるように全館に響き渡る音を立てて駆け回る若い日本女がいるが、何を考えているのだろうか。夜、廊下で甲高い声を上げて日本人同士のベタベタ挨拶をしていたのも若い日本女。夜、屋上で太鼓を叩いて宴会するのも日本人。朝からマリファナを吸いゲストハウス全体をガンジャの臭いで充満させている犯人も日本人。夜や早朝にあんまりやかましい時、私は昔から白人にも中国人にも韓国人にも日本人にも、同じように怒鳴りつけるのですが、今回は白人と韓国人に怒鳴りつける機会は今のところありません。中国人に注意すると、意外にも非常に恐縮されることがありますが、日本人は必ず無言で「むくれて」開き直った態度を取る。お前のその声がうるさいだろ、とでも言いたげだ。日本人の好む理屈です。