Monthly Archives: October 2014

どうせ匿名なので

オレには人格はない。
俺が巡回するブログの筆者たちはみな、偉い人ばかりだ。頭が異常に良い人、金持ち、実業家、学者、そんなのばかり。
最近ブログを書いている人は、大部分、ちゃんとしたバックグラウンドのある人で、事実上の実名が多い。
むかしは、どこの馬の骨ともわからない兄ちゃんや姉ちゃんが、どうでもいいような些事をだらだら書いてるブログが結構あった。そういうのは、淘汰されてしまったのか、やるほうが飽きてしまったのか、アフィリエイトが思うように儲からないからやめたのか、近頃は見なくなった。
オレはしかし、そういう無意味ブログを、やっていくつもりだ。オレを知っている人はいないのだし。
今日は曇っていて気分が良くない。
最近いろいろ破綻的なことがあり、もうどうにもならなくなっている。
パーソナルリマーク。
歯が折れた。
仕事。
これからホームレス。
やっぱり生活保護。
経済難民で亡命。
こんなことをどうどうと考えている毎日。
殺したい奴もいる。

パーソナルリマーク

パーソナルリマークは、欧米ではゲスのやることだ。まともな教養のある人間が、公然とすることではない。ところが日本では、社会のあらゆる場面、あらゆる共同体にパーソナルリマークがはびこっていて、人を傷つけることを喜び、熱心に行う。家族でも、日本の家族というものはそういうものだ。親が子供の容姿を嘲笑し、兄弟がいじめのネタにする。愚民たちは、政治家の容姿にしか関心をもたないこともある。馬鹿なようだが日本の現実だ。容姿にケチをつけて政治批判をしたつもりになる者もあれば、容姿が良いというので、無条件に何でも受け入れる。小泉や小泉ジュニアの一党は、容姿だけでこれからも日本を支配していくだろう。この文化は、最近マスコミが作ったものではない。日本の田舎の旧家、自分で耕さないかつての寄生地主階級には昔から存在する賤しい習慣である。身近な人間のパーソナルリマークが、何より大好きなのだ。

俺は顔が醜悪だ。これだけでも生活保護に当てはまるだろう。

俺は、他人からはそれほど言われたことはないのだが、顔が醜悪である。鏡はほとんど見ない。

子供の時から、父親や兄に、顔の醜悪さをこれでもかこれでもかと指摘され、絵にまで描かれて嘲笑されてきた。母親は俺以上に土人顔だったので、母親にはあまり嘲笑されることはなかった。むしろ、俺の顔立ちを比較的美しいと思ってくれていたようだった。私は母親には溺愛され、資産も譲渡された。(結局失ってしまったが)。

鏡を見てみれば、俺は実にいやらしい貧相な顔である。これは確かなことだ。

父方の祖父は純粋の飛騨人で白人のような顔立ちだったが、2代下るだけでこれだけ劣化して、汚い朝鮮人とフィリピン人を合わせたようになってしまうのだ。

そして、今になってさえ、すでにジジイになった父は自分の容姿に自信を持っており、私の容姿を嘲笑する。これはどういうことだろう。

私は、もう人前に出る気力がない。父親は人格破綻者で、自分はすべて素晴らしく、世界は自分を中心に回っていると思っている人間である。兄もそうだ。

こういう愛の無い家庭に育ったので、私の人格も歪んでしまった。社交性はない。外見に根本的に自信がないので、マトモな恋愛や結婚はできない。若いころの遊びはあったが、自分に対する自信のなさが根本にあるので、どれも長続きしなかった。子供ができないので、扶養されるあてもない。

私にはまともなことは出来ない、という思い込みがあった。自分の価値を見いだせなかった。所詮、自分は醜い猿のような人間だからだ。

私は、私立大学在学中は「給与」(返還しなくて良い)の奨学金を毎年もらっていた。大隈奨学金というやつだ。早稲田ではトップクラスの成績で大学院に進んだが、根本的な自分に対する自信の無さから長続きしなかった。結局、除籍で退学した。

その後は、バイトをしたり、塾の講師をしたりしながら放浪していた。リーマン・ショックまでは、唯一の援助者であった母親から譲り受けたある程度まとまったカネをふくらませながら、あてもない海外放浪を続けていた。母も資産を失い老人ホームにはいることになった。

これから先は行くところはない。ホームレスになるか、生活保護を受けられるかだが、寒さに極端に弱いので日本でのホームレス生活は避けたい。現実的な選択は生活保護しかないと思う。

何の希望もなく生きることは、私にはそれほど苦痛ではない。静かな環境で、ゆっくりと本を読むことが出来れば、それなりに満足できる。酒もパチンコも煙草もやらない。

日本社会にはこういう人間を許容してもらいたい。どうしてもダメなら、日本国籍を捨て、ネパール国籍でも買い取ろうと思っている。ネパール国籍者につきものの、さまざまな場面での理不尽な扱いには目をつぶるしかない。

生活保護を受けるかな

前歯が一本抜けて、とても人前で話せる容貌ではなくなった。女性なら障害者になるだろうが、男はならない。しかし、前歯がないというのは滑稽なものだ。

ポーセレンを入れれば一本10万円ほどする。ブリッジにするのに3本入れなければならないから30万円はかかる。そんなカネはない。インプラントなら尚更で、リスクも大きい。たいていは10年以内に抜けてしまうだろう。歯医者も勧めない。

歯がすうすうして発音もままならないので、今まで何とか糊口をしのいできた塾講師を続ける自信はない。かと言って、翻訳業などに転身する力はない。翻訳課題をちょっと覗いてみればわかるが、専門分野の法務でもとっても素人にできるものではない。

私には、扶養する家族もなく、妻子もない。まったくの孤独である。カネさえあれば孤独も構わないが、カネがないと、孤独は過酷な条件になる。リーマンショック以前はかなりのゆとりがあったが、あの時に大金を1日で失い、動転して錯乱売をして、すっからかんになってしまった。

最後に、マレーシアかネパールに旅したいと思う。これだけは、最後に許してほしい贅沢だ。

その後は、3万円くらいの部屋(出来れば古い一戸建てで周囲に気兼ねのない所が良い)を借りて、生活保護を受けることを真剣に考えている。一人では門前払いに決まっているので、一番無難なところで日共の援助を受けようと思っている。創価やヤクザ関係よりはマシだろう。

私の望みは、ゆっくり本が読めることだけだ。性欲も、情欲も、社交欲ももはやない。これを健康で文化的な最低限度の生活と認めてくれないだろうか。歯が抜ける、しゃべる度にお笑いになる、ということの意味を、経験したことのない人はわからないだろう。社会から、事実上、排除されることだ。

日本の生活保護制度がなくなったら、日共とかヤクザ独自の、泥臭いギリギリの慈善に頼って生き延びていくしかない。静かに生きられればいいのだ。

調べてみて気づくことは、日本のキリスト教は布教に役に立たない慈善にはまったく興味を示していないことである。慈善を行っているのは、日共、創価、ヤクザを除けば、無職のボランティアがほそぼそとやっているだけで、キリスト教団体は、「心の救済とイエス様の教えの普及」にしか関心がない。これは、アメリカ等のキリスト教団体との大きな違いである。キリスト教、特に日本のキリスト教の、了見の狭さ、独善主義が現れていると思う。

この日本の社会に生活していくためには、いろいろな理由で生活保護を受けなければならない場合がある。インターネットにおける生活保護タタキ、(有名ドコロでは「ネットゲリラ」など)は徹底的に叩き返していく必要がある。所詮は親の代からの資産を受け継いだ低学歴成金が、卑しいカネの上にふんぞり返って弱者を見下し叩いているだけで、ビートたけしの亜流・モノマネに過ぎないのだが。

作文が人格を破壊する

売文がなぜカネになるのか、その仕組はまったくわかりませんが、売文サイトというものがあり、会員になってポイントを貯めると現金に変えることもできます。

それを実際やってみて感じたこと。作文は人格を破壊する、特に売文は人間を駄目にするということを実感しました。決められたテーマに従って、ある単語や表現を何回以上何回以下使い、改行を何回入れ、句読点を何回入れるというルールを守りながら作文し、可もなく不可もなければポイントがついてくる。だいたい時給で100円ぐらいでしょうか。一日中熱心にやっていれば塾の講師より儲かるかもしれない。こんな簡単で良いバイトはないと思ったのですが、やってみるとそうでもない。書けば書くほど、自分が無価値なものに思われてきます。ブログに書く文章よりも変な文章を書くだけで、現金に交換できるポイントが付いてくる。(テーマやルールが決まっているので変な文章にしかならないことも多い)。これを暫くやっていると、3日もやっていると、自分自身がその文章のような人間になっていく感じがします。

作文業、売文業は人気の商売でしょうが、実際に売文で生活している人は、人格の深いところを壊しては売り渡すような稼業をしているのだと思います。

家族を愛せない

家族を愛せないということは、残念なことだが現実だ。私の文章を読んで、嫌な奴だと思う方も多いだろう。しかし私の家族はもっともっと嫌な連中ばかりで私など最もナイーブな方なのだ。
甘やかされて育った没落した戦前の田舎の寄生地主の次男が父である。高齢で私を生んだ。その年代としては背も高く、祖父の「白人顔」も多少受け継いで、女によくもてたようだ。世界は自分中心に回っていると根っから確信しているタイプ。そのうえ小役人になったから、何の試練も経験していない。喋らせておくと、人には関係のない自慢話を延々と続けるが、それを恥とはまったく思わない。知能指数は高めで数学などが得意だったようだが、頭が良いとはとても思えない。
兄は底意地が悪く嫉妬深い。兄も美少年だった。物心ついたあと私が生まれたことで、親の愛情を独占できなくなったことを根に持ち、一貫して私をいじめ、いたぶり続けてきた。底意地の悪い人間である。子供の時から知能指数が高く、成績もよく自分が一番賢いと思い込むタイプ。なので、今では母親の介護をめぐって父親と対立し、今はどこで何をやっているかよくわからない。が、私と違い非常に世渡り上手な人間。何のトラブルも抱えていないかのように、ココログで趣味のブログを平然と続けている。父と同じく、まるで心がないように見える。感じ入るとか、他者を思いやるという素質はまったくない。私は子供の時からこの兄に優しげな言葉をかけてもらった記憶は皆無で、一番言われたくないことを常に目ざとく見つけ出して言われ続けてきた。
この父と兄はできれば殺してやりたいと思うが、そうもできないので、地獄に行ってもらうことを祈っている。まぁ、わたしはこのような卑小な人間である。