Monthly Archives: December 2013

「個人」とは少数派のこと

教科書的に言えば、民主制のもとでは、民主政治のプロセスが機能している限り、多数派の意思は政府によって代弁されるはずなので、「個人の尊重」を特に強調する場合の個人は、実質的には民主政治のプロセスから落ちこぼれる少数派に属する諸個人、ということになります。(日本の左翼や左派、反体制派は、自分が多数派なのか少数派なのか、自分たちは多数派だと言いたいのか少数派だと言いたいのかさえはっきりせず、無自覚なようです)。

多数派の意向が権力によって代弁されていたのは、民主制以外の社会でも同じだと思います。特権階級が支配していたと言いますが、特権階級は少数だから特権階級なので、少数の人間が多数の人間から富を吸い上げなければ、良い思いはできません。しかし、少数派は常に弱いものです。特権階級がいくら富を集めて重武装しても、その他大勢が本気で逆らってきたら勝ち目はありません。だから、一見少数の特権階級が支配しているようにみえる社会でも、その体制を支えているのは多数者なのです。殿様や親分が支配しているその制度によって、自分たちも保護され、それなりに快適な生活が見込めるという計算があるので、大多数の人がそのような制度に同意を与えているのです。どんなに独裁的に見える体制も、大多数の同意によって支えられなければ続きません。そこでは、弱者も貧民も、それ相応の保護を受けた「全体」の一部であって、「個人」ではありません。彼らは個人として尊重されることは望んでおらず、全体の部分として所を得ることで満足します。(日本の左翼や左派のほとんどは、こういう時代への郷愁が動機になっています)。

個人の尊重(日本国憲法13条)という思想は、慣れてしまえば居心地の良い全体に属して多数派になることを、あくまで拒否する少数派=個人の自由を尊重せよ、という意味をもちます。自分が多数派なのか少数派なのかさえ無自覚なまま、多数者が作っている国家に何かをしてもらうことを期待して、群れてデモなどしている人々は、「群衆」であって個人ではありません。個人でないということは、立憲主義のもとにおいて人権をもたないということです。彼ら群衆には人権(それは「個人の自由」のことです)は不要なのです。

カルピスとミルトンを混ぜたら不思議な化学変化が

うちにはカルピスとミルトンがあって、いつも湯で10倍から20倍に薄めて塩(ヒマラヤピンク)を入れて飲んでいます。

ところが、今回の事件では、カルピスいちごの残り1たらしにミルトンを混ぜて同じように作ったところ、なぜか固まってしまい、下に沈んでしまいました。

カルピスもミルトンも乳酸菌は死んでいますが、免疫力を高める効果は生きた乳酸菌と変わりません。

面白かった

オーストラリアがどうしても日本の潜水艦技術の提供を求めるなら、首相をはじめ閣僚が全員クジラの肉を食べて
「クジラ美味イデース!コンナ美味イモノヲ知ラナカッタナンテ本当ニ私達ハ馬鹿ナ毛唐デシタ!」
と声明を出すことだな(@wぷ
それくらい日本への忠誠を示して貰えないと、いつ中国に転ぶかわかんねーオーストラリアに日本の防衛中核技術を簡単に提供することは出来ないね。

ヤクルトは良い

ヤクルトは良いです。1日1本が目安量となっていますが、糖分が問題ない人は1日3本くらい飲むと良いと思います。色々な効果を感じます。

いかがわしい民間療法(自家製「豆乳ヨーグルト」等)は、時間と金の無駄です。健康を害する場合が多い。人によっては当たる(効果がある)こともあるというだけです。そういう人が宣伝しているのかもしれませんが、騙されないことが大事です。

ちゃんとした研究者たちがちゃんとした研究所で長年研究し、世界的にも有効性が認められている健康食品を、素直に摂るのが身のためです。

ヤクルト自体は、アマゾンでは買えません。ヤクルト400は(凄いらしいですが)商店では買えません。

個人の権利自由は国家に先立つ。人権(=自由)は国家によって与えられるものではない

日本人がわかっていないことは、自由は国家よりも前にあったということです。右から左までわかっていませんが、特に左翼がわかっていない。「天皇容認左翼」(天皇賛美左翼はさらに)がいちばんわかっていない。おおよそ、小沢一郎を賛美するような「反対制」気分の人たちは、権利自由は国家に与えられるもので、国家が保障すべきと信じています。

たとえば、わかりやすい例を上げると、生活保護を廃止しろ、と主張する人がいるとすれば、立派な人たちです。

ところが、天皇容認左翼、天皇賛美左翼、小沢一郎に騙されるタイプ左翼、は、ホンネでは、「生活保護を受けることになるような連中は、ダメな人間で、その意味でかわいそうな人間だから、隔離して保護してやるべきだ」と考えています。例外はないでしょう。

それどころか、彼らの理想は、すべての人民が隔離されて保護され、天皇賛美的共同体の奴隷として、麻薬を打たれたように、柴犬のように従順に生きるのが地上の天国だ、というものです。

天皇容認(or賛美)左翼、小沢一郎に騙されるタイプ左翼、とは、官僚は批判するが天皇を崇拝する、官僚は批判し「自由主義」にも反対しつつ、小沢一郎のような汚いボスの「温情」的な素振りにクラッとなるバカどものことです。

「ネットゲリラ」が繰り返し、生活保護を受けるような連中は、都会に住まわせないで(居住移転の自由、旅行の自由を奪い)田舎の施設に収容すべきだ、と主張していますが、他の天皇容認左翼、反官僚・小沢に騙され反体制派、も、ホンネはこれと変わらないはずです。

本題に戻ると、国家が生まれる前は万人が自由だったのですが、それだと支障があり、かえって自由が確保されないことがあるので、自由を確保するために諸個人の契約によって国家を作りました。ところが、その国家権力が自己増殖し暴走し個人の自由を侵害するようになったので、自由を保障するために国家権力を制限する「法」を作ったのです。その「法」は、人権や自由を与えるものではなく、国家権力を制約するものです。(合衆国憲法が当初、統治機構しか定めていなかったことは示唆的です。人権は宣言されることはできても〔独立宣言〕、与えることはできないからです)。以上は歴史的な事実とは関係のない真実です。われわれの「自由」は、国家成立以前の自由と異質なものでなく、むしろ一貫した同質のものだということが大事です。変わったのは外的な制約の形式だけです。法律(=民主主義)は国家の側に立って自由を制約しますが、憲法(権力の分立、法の支配)は個人の自由の側に立って国家を制約します。人権(個人の自由)を尊重するということは、まず無条件にこのストーリーを受け入れ、そのような自由を尊重するということです。

権利とか、「人権」と呼ばれるものは、、立憲主義(上のストーリー)のもとでは、本質的に「自由」のことです。

だから、「人権」の基本にあるのはいつも、「国家からの自由」です。国家というのは権力のことで、個人に無理強いできる力です。

飢えて死ぬのは無理強いではありませんが、捕まえてどこかに連れて行って飯を食わせるのは無理強いです。

浮浪者が出るのは悪いことではありませんが、国家が浮浪者を捕まえて監獄に入れるのは、無理強いという意味で、悪いことです。(「浮浪罪」を伴うレッセフェールというのは、矛盾があったと思います)。

日本人のほとんどは、国家に権利を保障してもらおうと思っているので、人権も自由も理解できません。右翼はともかく、ほとんどの左翼、反体制派、民主党支持的左派、天皇容認左派、小沢一郎に騙され左派は、永久に浮かばれないでしょう。百姓はどうしようもないからです。

Nexus7を買ったけど

これですが、

自分が買った直後に値下げされていて腹が立ちますが・・・・。
日本はネットカフェらしいネットカフェがなく、数時間いてタバコの臭いが体に染み付かない漫画喫茶も少ないので、外出時にこれとWimaxかテザリングを併用すれば便利は便利です。また、海外旅行で必要最低限のインターネット利用(メール、地図、ニュース、ツイッターなど)にも役に立つと思います。たいていの外国では、昔から公共無線LANが日本よりは普及していて、自由に(無料で)使える場所が多いです。
買ったばかりですが、そういういわば「非常時利用」を別にすると、あまり便利なものとはいえないような気がします。
他のタブレットを知らないのでなんとも言えませんが、ネクサス7はどんな細くてお上品な「指」を想定して作っているのか。疑問です。

たとえば、ウェブページの文章のコピーもできないことはないのですが、私が下手なだけかもしれませんが、(女を泣かせるよりも難しいと思われる)「秘密の指先の技」が必要なようです。Chromeなどタブを閉じようすればするほど新しいタブが出てくるありさま。

この装置から得られる満足と、このために費やす無駄な時間とそれに伴うストレスを比較衡量してみると、関わり合いになればなるほど、満足感がマイナスになる装置だと言えると思います。外出・旅行等の非常時専用の最小限利用なら満足の方が大きいし、ノートブックなど持ち歩くよりは良いかもしれません。しかし、長期海外旅行で、ネットで仕事めいたことをしたり、殴り書きでないブログを書いたりするつもりなら、多少荷物になってもノートブックをもっていったほうが良いと思います。ガラケーでもWi-Fiは使えるます。無料Wifiのあるところでフルブラウザーモードにして、iModeを無効にしておけば、無料でかなりのことができます。日記ブログの投稿だけなら、携帯メール投稿のほうがタブレットより早くて安全(誤って投稿や削除の危険性が少ない)です。(通信料は、写真など送信すると高くなりますが、このくらいの量の文章なら海外からでも100円200円だと思う。
電子書籍リーダーとしては、Nexus7はダメだと思います。画面の質がノートパソコンと代わり映えしない。旅行先で読みたいファイルを送り込みましたっが、ドキュメントを収納するところが特にないらしく、ダウンロードファイルとしてどんどん溜まっていくだけ。デスクトップに移動させることもできない。タイトルを変えて整理することすらできません。旅先で読みたい書類があるなら紙に印刷して持ち歩いたほうが確実で快適です。