Monthly Archives: August 2012

プーシキンの母親の祖父は黒人


スペードの女王・ベールキン物語 (岩波文庫)

近代ロシア文学の祖であるロシアの国民詩人アレクサンドル・プーシキンの母親の祖父は、アブラム・ペトロビッチ・ガンニバル(イブラーヒーム・ハンニバル)という黒人だったそうです。

出身はエチオピアともカメルーンとも言われていますが、西アフリカ出身の可能性が高いようで、確かに肌は黒かったようです。奴隷として最初はオスマントルコのスルタンに仕え、コンスタンチノープルでロシア大使に拉致されてロシア皇帝のものになり、フランスで教育を受ける傍らルイ15世の軍隊に軍人として参加したりした後、ロシアに「帰国」し、ピョートル大帝と娘のリザベータ女帝に仕え、貴族として農奴100人以上の所領を与えられていたということです。ペトロビッチという父称はもちろん、ガンニバルという姓もカルタゴのハンニバルにちなんで、自分で決めたようです。

当時のヨーロッパの宮廷では黒人の子供が珍重されたそうで、出世する者もあったようです。ガンニバルの子孫にはイギリスの貴族もいるそうで、ヨーロッパの貴族社会には黒人奴隷(奴隷といっても貴重品扱いですが)の血を引く人が少なくないようです。

「一滴原則」とか、「肌の色が絶対」とか、「白人以外は人間ではない」、といった今日も残る人種主義は、案外歴史が浅く、近代になってからアメリカあたりの野蛮な白人が発明して、アメリカから世界に広まったイデオロギーなのかもしれません。

「国語」が大事って本当なのか?


日本語の文法

(上のリンクのAmazonの本は、「共産党系の日本語文法」だそうです)。

私は、「国語」という言葉自体に抵抗があり、子供の頃から嫌いでした。でも、お勉強ができなかったわけでもありません。まったくのお馬鹿だったわけでもないのです。が、とにかく、「国語」は嫌いでした。

「国語」というものは、勉強のようなフリをしたイヤらしいお説教であり、良い子づくりの洗脳であって、それ自体何の価値もないものだ、という真理を、私は小さい頃から見抜いていました。まぁ、中学高校の国語教師のザマを見れば誰にでもわかるようなことですが、私は小学校の低学年の頃からウスウス気づいていました。

失われた10年などと言われて日本がダメだということがハッキリしてきた頃、日本人が漸く自信を失うようになって、いまさらのように、「祖国は国語だ」とか、「国語の勉強が何より大事だと説く数学者」とか、「人間の知的能力は国語力を超えられない」とか、そんな話がいっぱいでくるようになりました。一方でグローバリズムが唱えられ、英語の必要性が強調されるのに呼応して、「国語」の大事さが喚かれるようになってきました。人間が言葉で考える以上、思考力をつけるためには国語力を向上させなければならない、とか。

そもそも、私は、「人間は言葉で考える」という説に疑問があります。人間は言葉でしか考えることができず、一番得意な言葉は母語(「国語」)なのだから、その人の知的能力は国語能力の限界を超えることはできない、などという人もいますが、これにも私は疑問を感じます。

私は日本育ちの日本人であり、母語は日本語ですが、モノを考えるときに日本語で考えているとは言えません。もちろん、他の言語で考えているわけでもありません。

ひょっとすると、「考えることをしていない」のかも知れませんが、少なくとも話したり文章を書いたりするときには、何か考えているはずです。

私は、「言葉で考えられる」人がいたらスゴイなとさえ思います。

私が何か考えるときには、アメーバのようなものとか、積み木のようなものとか、抽象画を描くような事とか、そういう手段で考えていると感じます。

そして、話したり、文章を書いたりする時は、その時々に苦心して翻訳しています。アメーバや積み木や抽象画から、自然言語に翻訳している感じです。

長く外国をふらふらしてきて日本に帰ったら、本当に言葉が出ないことが多くなりました。頭が働かないわけでもないのですが、言葉が出ないことが多い。外国語ならOKというわけでもありません。

知っている人は知っているでしょうが、「株式日記」のTORAという人は、毎日毎日あれだけたくさんの本やブログなどを読み、自分でも熱心にブログ記事を書いていますが、日本語は無残なほどに下手糞で、何年たっても上手くなりません。毎日たくさん日本語を読みたくさん書いているにもかかわらずです。だからといって、あの人が馬鹿かというと、そりゃ池田信夫先生のような人から見れば大馬鹿でしょうが、頭が悪いというわけではないはずです。銀行員出身だそうですが、技術系の資格もたくさんもっていて、不動産を経営しているそうです。(最近、電気工事を業者にしてもらったのですが、自分でできたら良かったと思います)。

とにかく、国語力が知力の基本というのはウソだと思います。「国語」力などよりは、抽象画を描く力や、プラモデルや積み木の分野の力のほうが知力を支えているかも知れません。その可能性のほうが高いと思います。

とくに日本の学校の「国語」は、頭のためにならないと思います。

日本語文法一つとっても、「国文法」と、「日本語文法」とでは、まるで素性の違う別物だそうです。「国文法」は、古典文法を基本として現代国語を説明するという「立場」にたつ学科であり、そのうえ英文法など西洋語文法の概念をそのまま借用して説明するという淫売ぶりです。これに対して、「日本語文法」と言われるものは、主として外国人が日本語を学んだり教わったりするときのための説明のようです。

だいたいにおいて、学校で「国語」ができる子は、全般的な秀才の場合は別として、国語だけ変に飛び抜けているような子供は、根っからの馬鹿でしかも性格の悪い子と決まっています。

「脱亜」のためにはキリスト教は無効。白人との混血が有効だ

悪霊を追い出せ!―福音派の危機を克服するために    

「悪霊はいない」という考えは非聖書的であり、サタンの罠に見事にはまっている者の考えである。著者がインドネシア宣教師時代の豊富な体験をふまえ、実践と理論の両面から悪霊の追い出しをとらえる。

アジア的な後進性、アジア的陋習、アジア的蒙昧から脱却し、周囲のアジアの悪友たちとのシガラミを絶ち、アジアと縁を切る、という目的の為には、キリスト教受容が無効であることは明らかです。韓国がその先例であり、キリスト教を受け入れればマトモになれるということはまったくないという実例です。韓国のキリスト教は異端であるといわれるかも知れませんが、最初から異端だけが入っていったわけではないでしょう。韓国に布教し、韓国人に受け入れられるためには、歪曲が必要だったのであり、韓国的なキリスト教に変化するしかなかったということだと思います。

大体、アジアで布教しているキリスト教組織の関心事は、第一に、金儲け。第二に、白人至上主義の洗脳。および欧米的な生活様式や感性の普及。第三に、情報組織の構築(諜報組織による利用)です。キリスト教の布教は相当カネになるようです。現地からの集金は大したことはなくても、可哀想なやアジアの野蛮人をこんなに悔い改めさせて、洋服を着せて英会話も教えてあげています、と報告してやるだけで、大喜びで大金を寄付する金持ちが、欧米にはたくさんいるようです。大体、キリスト教と英語は本来何の関係もないのですが、アジアのほとんどの宣教組織や教会が英語教室を運営しているでしょう。キリスト教の布教が欧米の文化や生活様式の宣伝と一体になっている証拠であり、そういう場所では、「神様は、自らに似せて人間をお造りになった。(←この人間とは白人のこと)。その白人に奉仕させるために有色人種を作った」とか、現地の子供相手に抜け抜けと教えているのです。日本でも福音派系教会はやっているはずです。また、宣教という名目なら、どんな山奥の寒村にでも入って行くことができます。そこで小屋を立てたり空き家を借りたりして集会場を作り、居つくわけです。東南アジアなどのキリスト教宣教施設は、白人ミッショナリーによる現地児童の性的虐待の温床にもなっているのですが、ミッショナリーは白人のキリスト教徒でありさえすれば良く、いい加減なボランティア青年でも良いのです。目的は、金儲けと、白人至上主義教育および西洋式生活様式の普及と、ネットワークの構築なので、ミッショナリーが「宗教的に偉い」必要はまったくないのです。

要するに、キリスト教布教者にとっては、この三つの任務さえ果たせれば良いので、その現地実態が呪術的な邪教になっていても、この三つの実益さえ上がってくれば問題はないのです。

韓国のキリスト教が、欧米人ミッショナリーの指導を受け入れながらも、結果的に、禍々しい「韓国的」な呪術邪教になっている理由もここにあると思われます。

カトリックだったらもう少しましになるかも知れませんが、フィリピンでも、キリストを真似て十字架に手足を釘で打ち込んで磔にしてもらい陶酔に浸る、なんてお祭りが盛大に行われているようであり、その他キリスト教名目のいかがわしい呪術等が広く行われているようです。キリスト教が土着の呪術宗教を排除できているとはまったく言い難いでしょう。フィリピンは、アジア的な後進性の克服という点で、韓国やタイ等に比べればマシな国かもしれませんが、それは主として「英語の力」に負うところが大きいと思います。

そういうわけで、アジア的な後進性を克服しアジアの蒙昧な悪友と縁を切るために、キリスト教は役に立ちません。むしろ逆に、韓国と近づきになってしまいかねません。「脱亜」の目的のためには、白人との混血による遺伝子改良西洋語公用語化が有効だと思います。

「脱亜入欧党」を作って


「脱亜超欧」へ向けて―日本は欧米・アジアの限界をどう超えるか

ツイッターというのは、ツイッターに実名を申告する「実名サイト」だと思っている人が多いようですが、実際はまったくの匿名ミニブログです。私もいろんな名前でアカウントをいくつも持っています(一つしか使っていませんが)。フェイスブックでも、実名を晒すことが強制されているわけではなく、禁欲的な使い方をすれば完全匿名で使えます。ただ、多くの利用者の意識が違うので、顔写真や経歴や職業や居住地など具体的な自己紹介を書かないと、よほどすでにニックネームで売れている人でない限り、誰も相手にしてくれないだけです。また、私的な情報を出し合うことが奨励される仕組みになっているので(写真の関連付けなど)、フェイスブック上で友だちを作って交流しあう以上、個人情報を晒さずにはいられないでしょう。

ツイッターで私に対する@リプライというのがたまに入るのですが、大抵まったく知らない人間からの罵倒で、「お前、まだあの気違いブログやってるのかよ」みたいなのです。

だいたい、こんなブログを読む人の大部分は、共感よりも「反感」からここを見に来るのであり、その意味で「同レベルに落ちている人」です。だから、「相変わらずの気違いブログ」であることが「読者の期待」だと解せます。

そういうわけなので、このブログは今後とも「気違いブログ」を貫いていこうと思っています。

ネット右翼の中には、「韓国にも親日派がいて、戦前の日本の偉業を正当に評価してくれている」などという人達もいます。彼らの動機は、「戦前の日本の行為がいかに素晴らしかったか」を強調することであり、大日本帝国が欧米より「道徳的に優れていた」ことを主張することです。韓国の「親日派」は、同時に、というより「親日」である以上に、「反共派」であり、韓国が悪くなったのは北朝鮮や中国の共産主義の様々な影響によると強調します。つまり、韓国の親日派は、「日本憎悪よりも北朝鮮憎悪や(反動思想からくる)共産主義憎悪がまさっている」というだけであって、事大から日本に媚びているだけです。

こんな韓国の「親日派」にまたもや「足を取られて」喜んでいる一部のネット右翼やリアル右翼は、滑稽というしかありません。

私などは、韓国の「親日的保守思想」などよりは、「共産主義」の方が100倍もありがたい思想だと思っていますので、呉善花でも誰でもいいですが、親日派韓国人なんてものは、天皇と一緒に滅んで欲しいと思うのです。

最近の日韓関係の出来事の結果、日本が韓国と縁を切ることができるとすれば、大変喜ばしいことです。

韓国の「親日派」などは、むしろこっちから叩いてやるべきでしょう。彼らは、単に、田舎風の、儒教由来の、反動的な反共思想から、日本の保守派に事大して擦り寄ってきているだけなので、叩いてやればすぐに化けの皮が剥がれると思います。

「あなたたち韓国人は、火病という遺伝病がある通り(これは科学的な事実だそうです)、遺伝的に欠陥があるために社会も文化も劣っているのですから、あなたたち韓国人がいくら日本人になろうとしても無理で、日本の良いところをマネしようとしても無理です。せいぜい欧米に出て白人と混血することでも考えてはいかがでしょうか」と、「親日派」の韓国人たちに面と向かってハッキリ言ってやると良いと思います。

ただ、韓国人ほどではありませんが、遺伝的に劣っているのは日本人も同じなのです。韓国は、アジア的な蒙昧が日本よりも更に深刻であるというだけであり、それは日本にもある欠点であって、日本がすばらしいわけではありません。

日本がアジアの方に顔を向けている限り、日本のアジア的な蒙昧は啓かれることがなく、さらに悪いものになっていきます。

私は、「脱亜入欧」を基本思想とする新政党ができても良いと思います。単に欧米式のグローバリズムを受け入れるというだけでなく、「アジアと縁を切る」、特に文化的精神的にアジアと縁を切っていくことを打ち出すのです。

そして、人種改造(白人の血を導入する)と西洋語公用語化(英語、ロシア語等)をアジェンダとします。

韓国など(中国もたまにそうかも知れませんが)、「日本は欧米に媚びている」と見当違いな駄々をこねることがありますが、日本が「欧米になってしまえば」何も言えなくなります。すぐになれるわけではありませんが、「日本は白人国になるんだ」という「決意」を、具体的な形で表現すれば良いのです。日本人の半分くらいが白人混血になってしまえば、アジア的な発想に基づく苦情は何も言えなくなります。これは中国にも効果があります。

だから、手っ取り早いのが、ロシア人の導入なのです。

ロシアによる日本併合を希望する

高田屋嘉兵衛―只天下のためを存おり候 (ミネルヴァ日本評伝選)

反原発運動は、今やオカルト屋と愚民の野合のような様相を呈しているようです。反原発運動のリーダーは、ちょっと前は芸能人でしたが、今では刺青ネエちゃんだとか。それもカタカナ○子か○美だか知りませんが、反原発女にはやたら、「夫が白人」だけが売りの人が多いようです。

反原発系のオカルトの間で、「ロシアの脅威」が語られているようです。もともと韓国にシンパシーを持っている人たちで、日韓の間が韓国に不利な形で緊張してきたので、ロシアを持ちだして日本愚民の目を北にそらそうとしてるのかも知れません。日本人が愚民なのは確かにそのとおりなのですが。

私は、韓国とは戦争になれば面白いと思っています。理由はと言われると困りますが、私もあまりモノを考えない愚民の一人でありますので、「花火大会のようで面白そうだから」というに尽きます。対馬や北九州に住んでいる人は心配かもしれませんが、まぁ、大丈夫でしょう。

日本と韓国が戦争になると、その隙にロシアが日本に攻め込んでくる可能性が生じます。

しかし、2008年の紛争でロシア軍に先制攻撃をかけたグルジアでさえ(グルジア領南オセチアですが、実質的にロシア軍が支配していました)、ロシアに占領されていません。これはちょうど、日本の自衛隊が北方領土のロシア軍に戦争を仕掛けたようなものでしょう。

グルジアがイスラエルの分身のような国家だったからですが、日本は、アメリカにほとんど見捨てられているとはいえ、米軍が駐留している国家です。だから、ロシアが日本をどこまで占領できるかは難しい問題です。

とはいえ、アメリカ軍としては、日本を舞台にロシアと戦争するのはまっぴらでしょう。ロシアが本気でなだれ込んできたら、アメリカ軍はたぶん平然と逃げ出すと思います。

だから、ロシアには頑張って攻め込んできてもらう必要があります。

日本はいくら頑張っても「一流国家」になれませんでした。スポーツでも、金メダルを取るようになると、日本が金メダルを取れないようにルール改正がなされます。どうしてこうなってしまうのかといえば、日本が白人国家でないからにほかなりません。

ロシアも、西欧から見れば、半ばアジアのような評価でしょうが、それでも一応は白人国家であり、オリンピックでいくら金メダルをとっても妨害されることはありません。

日本はロシア兵にどんどん中まで入って来てもらい、国として、女性は強姦するだけで殺さないようにお願いし、日本に定住していただくのが良いと思います。

そりゃ、ロシアと混血したからといって白人国家になれません。せいぜいアザルバイジャンか、カザフスタンレベルの評価でしかないでしょう。

しかし、今まで日本人が苦労して積み上げたものと、一応は青い目のロシア人の血とが結びつくことで、「准白人」国家のブランドを手に入れることができると思います。

つまり、恥ずかしい「名誉白人」から、より実質的な「准白人国」へと昇格できるのです。

ロシア語は大変美しい言葉であり、日本の公用語にふさわしい言葉です。まぁ、実際喋れるようになるのは次の代からですが。今でもエストニアなどでは(ロシア人に良い感情はもっていないはずですが)外国人と見るとロシア語一本で話してくる(教養も無さそうな)一般の人が少なくないので(キオスクのオバサンとか)、日本人が外国語を公用語として受け入れることもさほど難しいことではないと思います。

ロシア軍が日本を攻めるときには、礼儀として、兵隊の容姿に気を配って欲しいと思います。金髪碧眼で背の高い美男子揃いなら、日本人は喜んで占領を受け入れるでしょう。間違っても朝鮮系ロシア人などに攻めさせないように、気をつけて欲しいと思います。

ロシアによる日本侵攻と占領を期待します。これは日本の閉塞を打開する決め手になります。日本にとっては、究極の「脱亜」方法です。これ以上の決定打はないでしょう。

愛子内親王劣勢!


愛子 芋25度 900ml

私は、天皇制廃止論者で、皇室はお茶のや歌舞伎の家元程度に残してやってもいいと思うのですが(半島出身権力者である以上、本来なら「元韓国大統領」の運命を甘受すべきなのですが、日本人の温情で)、このまま順調に存続した場合のことです。

現皇太子が天皇になり、やがて死去したとき、皇室典範の規定では、秋篠宮が(生きていれば)皇位を継承することになります。

ただ、皇室典範を改正して「女性天皇」を認めれば、愛子内親王が皇位を継承することになるでしょう。

ここまででは、「女系天皇」は問題になりません。

右の欄に作ったVoteで、「どちらか選ばなければならないとしたら?」というのは、「女性天皇を認めて愛子内親王即位を容認するかどうか」という選択です。

Aというのは、素行が悪いことで有名で、ロリコンだという噂もありましたが、ロリというよりペドだという噂もあるようですね。もし小学生レベルが好きなら炉というよりペかも知れません。

若い頃から「研究」と称してタイに入り浸っており、当然、腐敗しきったタイ王室の淫靡な深いところに迎えられているわけです。女の出ないタイの接待はありえないので、女も抱かせないなんて無礼な接遇はされていないはずですが、色々な意味でフツウの女じゃないのを提供される機会も相当あったと思われます。

ごく普通の趣味の貴賓でも、おそらくそういう打診はあるでしょう。特別な趣味とわかっている宮様なら、イロイロすごい接待を受けてきた可能性があります。

まぁ、そう疑われても仕方ないお方だと言われています。日本でも危ない噂がありました。さて、こういうお方が天ちゃんになっていいのかどうか。

私は、女性天皇のみならず女系天皇を容認し、愛子天皇には海外から皇配を迎えるのが良いと思います。

日本の国益を考えれば、欧米から白人皇配を迎えるべきです。欧州の王族なら、雅子も愚民も大喜びではないでしょうか。

そういうのが嫌だというなら、自ら率先して地位を放棄し(「人権」を盾にやるしかないですが)、京都のお茶の家元みたいになればいいと思います。

気違いは気違い


気違い部落周游紀行 (冨山房百科文庫 31)

気違いを気違いと言えない国は異常です。常識を自分で放棄した社会です。日本の言葉狩りはたくさんありますが、気違いという言葉が使えなくなったことは他に増して大きな意味をもつと思います。

気違いには代わりの言葉がありません。気違いは精神障害者のことでもない。気違いじみたことを平気でやるのは気違いです。気違いは一番普通に使われてきた穏健な言葉であるにもかかわらず、不透明な圧力によって弾圧されている。気違いに当たる普通の言葉が規制されている異常な国が、日本の他にあるでしょうか。

公共の場所で見ず知らずの他人に勝手な因縁をつけてくる者が、日本には少なくない。そういう者に「やめろ。気違い」というと、学校もろくに出ていない底辺のゴロツキのくせに、「差別用語だ」と喚き立てる。そして、周囲の群衆もゴロツキのイチャモンの方に雷同する。これが日本の現実です。

放送局が自社コードを決めるのは勝手ですが、それは法律ではない。当たり前のことです。一般市民が、昔から使われてきた普通の日本語を使えない理由はどこにもない。

放送局や大企業が「法律」のようになって、国民を文化的にも支配していることの象徴です。放送局ごときに文化的な支配を受けてしまう程度の「文化」しかないのが、日本という国です。