Monthly Archives: June 2012

乳酸菌をとるならラブレが良いと思う。自作は却って高くつくし健康効果も疑問

 

自分で色々試してみた結果、普通に生活している人が健康のために乳酸菌をとりたいなら、これがいちばん確実な効果が期待でき、結局は経済的だと私は判断しました。

もちろん、暇人が趣味で「発酵」をやる場合は別です。

原発事故以来様々なデマが流れましたが、その中に「放射能には乳酸菌が効く」というのがありました。中には乳酸菌がセシウムなど放射性物質を中和(?)して消失させる、などという、犯罪的なデマもあります。そういうことが科学的にありえないことは、大槻義彦氏のブログにもハッキリ書かれています。科学者なら常識でしょう。

ただ、乳酸菌が免疫力を高めるということは、他の自然食品と同様、あるようです。胃腸に良いことは確かでしょう。(微量の放射性物質も免疫機能を刺激して免疫力を高めるという説もあります。ラドン温泉などはその効果を期待して放射線を浴びる民間療法です)。

一方、免疫力を低下させる一番大きな原因は、不安や恐怖やストレスです。猛烈に働いている人でも、その仕事に満足して充実している人は免疫力も低下せず、なかなか病気にならないと思います。

だから免疫力を上げたかったら、乳酸菌だのスピルリナだのとオロオロするのが一番良くないのであって、気にしないのが一番です。福島原発事故で放出された放射性物質よりも、冷戦時代の核実験で日本列島に降下した放射性物資のほうがはるかに多量で濃厚だったのですが、問題は何も起きていません。奇形児は増えていないし、癌や慢性病もそれによって増えたわけではない。チェルノブイリの放射性物質も日本まで漂ってきているし、中国の核実験の放射性物質を大量に含む黄砂も吹いてきています。冷戦の核実験は過去のことだと思うのでしょうが、「プルトニウムの半減期は何万年」と宣伝しているのは恐怖扇動者自身です。核実験やチェルノブイリに比べればはるかに小規模である福島事故の放射能を大騒ぎするのは理性的な態度ではありません。

飯山一郎氏が宣伝している豆乳ヨーグルトですが、趣味でやるならともかく、「放射能恐怖」ではやらないほうが良いと思います。結構カネがかかります。飯山一郎はカネがかからないようなことを言っていますが、実際やってみればわかるでしょう。軌道に乗るまでに結構試行錯誤をしなければなりません。良いコメ、良い豆乳、良い黒砂糖、良い塩、良いニガリ、良い水を選んでやらないと上手く発酵しません。腐らせることはあまりありませんが、毎日食べられる程度の味のものを作るにはかなりの投資が必要です。そこそこうまくできたと思った場合でも、発酵の具合で腹をこわすこともあります。

豆乳ヨーグルトは、じっくり定住して、暇で健康的な環境でなければうまく作れません。旅の生活はもちろん引越しの多い人にも向きません。

飯山一郎氏は、今は木下黄太氏を批判していますが、飯山氏自身も木下氏とまったく同じことを言っていたのをすっかり忘れたのでしょうか。関東はもうダメだ、逃げろ、逃げろ、理解のない旦那などは捨てて逃げろ、と扇動していたはずです

そんな扇動に引っかかるのも馬鹿なので、まあそれはいいとしても、肝心なのは、「逃げまわる」ような生活、つまり、旅の生活をしながら、彼が「放射能対策の決め手」だという豆乳ヨーグルトを作り続けるのは無理だということです。

私も移動生活をしながら豆乳ヨーグルトを作ってみたのでこのことはよくわかります。新しい環境に移ってから発酵を軌道に乗せるには一か月くらいはかかります。

その意味でも、飯山氏は木下氏に劣らず、「背負いきれない重荷」を人の背中に乗せることを散々やってきたのです

そもそも「発酵」ということは、そんなに軽々しいことではないでしょう。発酵は、「由緒ある家」の仕事です。造り酒屋を考えてみればわかるでしょう。杜氏は、「職人」と呼んでいいのかどうかわかりませんが、職人の中で特別な地位を占めています。神聖な仕事でさえあるでしょう。

発酵に適した環境は、土地に根付いた歴史のある「家」であり、その土地で古くから特権的な地位にある家が専有している立地、良い水、良い空気、およびその家の人々が代々受け継ぐ体内の「善玉菌」が蔓り浮遊する、そこはかとなく「高貴な香り」のたちこめているような贅沢な空間、だと思います。

だから、都会の狭いアパートやマンションで豆乳ヨーグルトなど作っても、それほど「良い菌」を得ることはできないと思います。

健康維持が目的なら、「乳酸菌はラブレでとる」と割りきって、余計な遊びにカネと労力をつぎ込まないのが賢明です。発酵が趣味の人は別として、豆乳ヨーグルトなど自作するよりは適当な乳酸菌商品を買ったほうが結局は経済的です。ラブレなら健康効果も実感できると思います。

もちろん、「ラブレ」である必要はなく、ヤクルトでも良いかもしれないし、自分あったものを選べば良いと思います。ラブレはあくまで私の経験です。

弱肉強食

「弱肉強食」は「悪いこと」、とされています。戦前でも弱肉強食は悪いこととされていたと思います。弱肉強食が良いこととされたことが、どのくらいあるのか。弱肉強食はずっと悪いこととされてきたのですが、世の中は良くなっていないし、人間も幸福になりません。

「弱者」のくせに「弱肉強食」を賛美するなというよくある話は、一理ありますが、しかし、いま弱者であるものが明日も弱者であるとは限らないというのも「弱肉強食」のルールではないでしょうか。

みんな、自分が「弱者」にしかなれないという、いじけた考えを持ちすぎなのではないでしょうか。

しかし、ちょっと発想を変えてみれば、弱肉強食社会は「自由が保障されている限りは」大変面白い社会だとわかるはずです。

つまり、どんな強者にも必ず隙があります。弱肉強食でない社会では、そういうだらしない強者の支配も受け入れていなければなりませんが、自由な弱肉強食社会ならば、その隙を狙って強者を倒し、「全部いただく」ことも可能です。その時には、それまでの強者は弱者に変わっているのであり、弱者は強者に変わっているのです。

自由な弱肉強食社会なら、これからでも「すべて」を得る可能性があるのです。

このように考えれば、弱肉強食の掟はむしろ、可能性と夢のある社会だとも言えます。自由が保障されている限りです。

弱肉強食の社会では、「少数者の支配」は原理的に不可能でしょう。だって、少数者では必然的に弱者になっていしまいます。

旧石器時代のように4人に1人が虐殺される略奪殺戮の社会でも、残りの3人は「良い思い」をします。今の社会では考えられないような、素晴らしい完全な支配と自由を得ることができたでしょう。つまり、旧石器時代の殺戮社会は、多数者にとって幸福度の高い社会だったといえるのではないでしょうか。

いつもキリキリしていなければならないというかもしれませんが、そういうことは今の社会も五十歩百歩であり、また、慣れもあると思います。少なくとも自由な略奪殺戮の社会では、「痴漢冤罪ですべてを失う」といった、人類にとっても生物にとっても異常な不健全な現象はないはずです。

どんなに平等を謳っている社会主義国家でも、たいていは「生まれ」による激しい不平等が存在しています。日本も同じです。親の資産や社会的地位やコネ、あるいは親の教養によって、ほとんど生まれながらにかなりの格差が出来ています。その他、生得的な知力や体力や容姿によって、本人の努力で埋め合わせできないような格差も生まれ、それが社会的な格差を広げることにもなるでしょう。顔が醜すぎたり、背が低すぎたり、頭が禿げていたりすることも、社会的なハンディキャップになりえます。

自由な弱肉強食社会ではこのような不平等は更に激しいのではないかと思われるかも知れませんが、私の前世の記憶によれば(※)必ずしもそうとは限りません。

先にも述べたように、チャンスを捉えれば大逆転が可能なのです。チャンスは能力や地位によってと言うよりも、偶然に転がり込むものです。豊かな強者のちょっとした隙をつき、「全部いただく」、寝首をかいて男は殺しまくり、財産と女は全部もらってしまう、ということが可能なのです。

「偶然」というものの価値(?)を見なおしたほうが良いと思います。特に日本人は、すべてのスケジュールがきっちり決まっていて、「偶然」を楽しむゆとりがなくなっている人が多いと思います。偶然に巨大な富と力を手に入れられるような機会が、日本にもあるべきです。

「偶然」と「自由」とは深い関係があると思います。「自由」といえば「意思」ですが、理性的存在以外の世界を支配する自由にあたるものは、偶然性でしょう。「偶然」の前提があってはじめて、自由も自由意志もなりたちます。

(※)勿論、人間にも動物にも、「前世」などは存在しません。冗談です。

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反原発利権屋=放射能恐怖扇動者たちがついに内ゲバを始めたようです。木下黄太氏の飯山一郎氏に対する訴訟予告

やっぱり「浅間山荘」と同じようなことになってきたようです。

私がここに書くことは、飯山一郎氏がホームページで書いていることが事実であることを前提とした話なので、そうでなければ「ごめんなさい」です。(どうかアメリカから電話をかけてこないで下さい)。

木下黄太氏という人は、東海アマさんがときどきツイッターで引用していることで知ったくらいで、よく知らなかったのですが、「元日本テレビ社会部デスク」だそうです。今は反原発派、放射能恐怖扇動者のリーダー的存在だと思います。

私は、木下黄太氏も飯山一郎氏もどちらも、ニュアンスの差こそあれ反原発屋で、放射能恐怖扇動者であって、どちらも同じように間違っていると思っているので、どちらかを弁護するという立場ではありません。

飯山一郎氏も、原発事故以来、さんざん放射能恐怖を宣伝し煽り立ててきた人であり、今になって「同志」の木下黄太氏を批判するのは、傍から見るとちょっと奇妙に見えます。

飯山一郎氏のホームページによれば、飯山一郎氏の次のような木下黄太氏批判が事の発端だったようです。

最初の方から引用していくと、

◆2012/06/26(火) 災害予測が当たることを願うアオリ屋たち

『放知技』に、含蓄(がんちく)のある投稿があった。

恐怖情報の拡散者というものは、警告を発する事により
多くの人々が難を逃れるより、いつしか自分の未来予測
の的中自体を願うようになるものです。
「大地震で**都市部は壊滅する!」
「放射能の影響で奇形児の出産が続出する!」
「*国の経済成長は頭打ち!国家の崩壊は目前」
「地球の砂漠化は拡大するのみ。元には戻らない!」

等々。彼ら恐怖情報の拡散者のヴィジョンには、
世界のどこかで画期的な発明が行われるとか、
人々が問題解決の新しい手段を考え出す、
という発想が欠落しています。
そのために悲観的な未来像しか見えないし、やがて
そうしたカタストロフ自体の到来を願うようになってしまう。

かのアマチュア地震研究家T氏につきましても、反権力の
硬骨漢としての姿勢には個人的に敬意を払っていますが、
いかんせんヴィジョンがネガティヴに過ぎるように思われます。
もう少し心を広く持って、多様な意見に耳を傾けむければいい
のにと思うのですが、鋭い疑問や批判は即座にブロック(笑)
です。残念な人物です。

「アマチュア地震研究家T氏」とは、“東海アマ”氏のことだろうが、恐怖を
あおるのが商売みたいな“万年狼老人”だ。(爆)
木下黄太も、恐怖をあおるだけの有料講釈師で、優良ではない。
東海アマのことは、昨年、こっぴどく叩いておいたのだが、まだ根にもって
いて、鷲の乳酸菌は単種培養なので駄目、詐欺師の高嶋EMBCのヤツは
「複合発酵」だからEーなどと、出鱈目放題だ。

発酵というのは、特殊な発酵食品以外は、全部「複合発酵」なのであって、
鷲の乳酸菌培養も、高嶋EMBC以上の「複合発酵」だ。

正確に言うと、高嶋EMBCの菌には悪臭を消す能力がなく、えびの市でも
焼酎カスを激烈に腐敗させ、市内を悪臭まみれにして逃げていった。(爆)

さらに言うと、鷲が提唱してきた乳酸菌には、マクロファージを増やす能力
まであるからねー、ま、これで自助自救していきましょう! みんな

自助自救とは、病院には行かず、自分の知恵と力で自分を助けること!!
だかんね。 ^o^/

◆2012/06/26(火) 放射能の恐怖を煽る講演会ビジネス

危機と不安をあおる木下黄太らのブログを懸命に読み、「意識」が
高くなった母親たち。
この「意高母」(いこうぼ)の子供たちが、鷲は不憫でならない。
朝から晩まで、睡眠中も、
やれ、「甲状腺が腫れていないか?」の、「鼻血が出ていないか?」の、
「ツメがはがれていたら大変!」のと、不安心理にかられて危機管理。
あげく、不安心理充満の母親たちが集まり、病院へ駆けつけ甲状腺の
エコー検査に、CTスキャナーに、X線撮影で、さらに被曝量増大!
こういう「意高母」の子どもが病気になってしまうのは当然の結果だ。

きょうも木下黄太は、「被ばくで爪がはがれるという現象」を書き立てて
何でもカンでも放射能のセーにして恐怖と不安をあおり…、

愛知県から西のエリアに移住するべきです!
と、相変わらずの「放射能の恐怖・不安を煽る講演会ビジネス」。
「意高母」のみなさん、木下黄太は、病院でのエコー検査と同じだよ!
つまり、百害あって一利なし。

さて、日本列島は、放射能で汚染された収容所列島だ。
これは間違いない。

だからといってジタバタしては駄目だ。絶対にアタフタしてはいけない。
冷静沈着! これが生死がかかる危機状況における根本原理だ。

では、われわれは、一体どーしたらEーのか?
簡単なことだ。

1.免疫力をアップすること。
(放射能ゼロ空間で、豆乳ヨーグルト。)
2.免疫力が下がることは避けること。
(不安講演会に行かない。)
以上! 簡単でしょ? ほんと、これだけでEーのです。 意高母
しかし、簡単なことでも要領がある。コツがある。
この簡単なことを、いつまでやったらEーの? という展望もある。
要領、コツ、展望。こういうことを、鷲は、具体的に書いてゆく。
かんでふくめるように、親切丁寧に書いてゆく…。
まってて猪!

◆2012/06/27(水) 木下黄太さん、質問します。

木下黄太さん、あなた、まだ日テレから給料もらっていませんか?
いや、木下氏への給料は今春早々止まったという情報もある。
だから、300円→500円→1000円→1800円と講演会のチケットが
暴騰してきたんだ、と。

それから、
木下黄太さんは、ガレキ受け入れについて、地方自治体の一課長を
執拗に攻撃したりする。その動画を見たが、ほんと、しつこい。
次には、その課長が属する地方の役所を猛烈に非難する。
さらに木下黄太さんは、ブログでも、
「〇○が瓦礫を受け入れます! 抗議を集中してください!」
「〇〇市が瓦礫受け入れを表明しました。こんなことは許されません」
と、地方の役所を激烈に攻撃する内容ばかり。

本来なら日本政府と東電に向けるべき非難と抗議の矛先(ほこさき)を
すべて地方自治体に向けさせるよーにしている。

人々の不安をあおり、一纏めにし、その怒りの矛先を自治体に向ける、
これって、真犯人を庇(かば)い、逃がし、責任の所在を曖昧にしてしまう
ということなんですが、木下黄太さんは意識してやっているのですか?

カネがでるので意識してやっている。そこまでは思っておりませんので、
悪しからず。

それから…、
木下黄太さんが今も執拗に東京脱出をすすめる…。これは駄目です。
東京から脱出できるシトは、とっくの昔に逃げています。
逃げるに逃げられない! こういうヒトに、「東京にいるのは馬鹿だ!」
と言う。これ、残酷なことだとは思いませんか?

それに、日本は、どこに逃げても放射能が拡散されきっています。
せっかく南九州まで逃げてきたのに、学校給食が「ベクれた米(まい)」
に、「ベクれた肉」に、「ベクれた野菜」。
沖縄の市販の米の大半がベクレてしまったので、南九州に移住希望!
こういう友人が何組も鷲を訪ねてきました。

せめて、自分の居室と浴室を『放射能ゼロ空間』にして生き延びてゆく!
そうやって東京のド真ん中で生き抜いているヒトが何万人もいる。
で、彼らの主食は、玄米仙人食と豆乳ヨーグルト、野菜は“自室菜園”。

東京脱出しなくても大丈夫なので↑読んでみてください>木下黄太さん

最後の質問に木下黄太氏から反応があったようです。

それが、まぁなんというか、日本男子の鏡なんでしょうが、情けないような感じですね。(もちろん、飯山一郎氏が書いていることが事実だとすれば情けないなあ、ということ)。

◆2012/06/27(水) 木下黄太氏から電話があった。

夕刻。木下黄太氏から電話があった。
「はい、飯山です!」と電話にでると、かん高い声の怒鳴り声…、
「ひじょーに不愉快です。こういうことを書くようでは弁護士を通じて
対処します!」(ガッチャン!!)

「飯山さんの書いたことはカクカク・シカジカで事実ではありません!」
とでも言えば、訂正の余地もあるのに…。

ワハハハハー。図星だったのかなーー?
図星だったんだろーなーー! この直前の記事の内容。

木下黄太氏は鷲の公開質問に公開で答えず、ガッチャン電話だけ。
まだまだガキなの鴨、木下黄太クンは。

そして、何故か、木下黄太氏の米国事務所から、どうやら英語の電話が飯山一郎氏の携帯にあり、「訴えるぞ」といってきたということです。飯山一郎氏は自分の携帯番号をホームページに晒しています。(これは、その携帯を本当に使っているとしたら馬鹿みたいだと思いますが)。

◆2012/06/27(水) 木下黄太クンの米国事務所から電話が…

木下黄太クンてのは、カエルの小便だねーー。
カエルの小便、田にしたもんだ! 田いしたもんだ! たいしたもんだ!
だってさー、アメリカのオクラホマにあるー、
『木下黄太・マネジメント・オフィス』。ここの一際(ひときわ)美人で、知的、
かつ有能なスタッフで、名前がウェンリー・ブライアンとUー、男みたいな
名前の女性から電話が入ったんだぜーー。

だってさー、
「放射能が危険だ! 東京から逃げないヤツは馬鹿だ!」と、連日連夜
日本中を飛び回って、安い料金で(最近は高いけど)、日本の危機状況
を説き回っているボランティアが、アメリカにオフィスをもっている!
これは「たいしたもんだ!」と言うほかないっしょ?! みんな

そんで、彼女のUーことには、鷲が木下黄太くんを「誹謗中傷」したから
訴えるんだってさ。刑務所に入れるんだって。FEMAかな?

まってました! 隣のイヌにニラまれただけで飼い主を訴えちゃうとUー
裁判王国のお手並み、じっくり拝見させていただきます!

それにしても、木下黄太クンのバックって、凄い!
なにしろ、「誹謗中傷された!」って、アメリカに泣き込むんだぜ!
オクラホマ・ミキサーだぜ! これはカエルの小便だY。

あ、電話なのでブライアン姫が美人かどーかは不明です。 Bye!

◆2012/06/27(水) 木下黄太クンの代理人が言った。

鷲、アメリカのFEMAにブチ込まれる恐怖で、大切なことを言い忘れてた。
木下黄太クンの代理人が言うことには、木下黄太クンへの「誹謗中傷」を
すべて削除すれば、寛大な処置をとってあげます! とUーことだった。

鷲は、英語で「ノー!」と、小便をチビりながらも、言ってやった。
その次に、あわてて「もとい、ネバー!」と言い直した。
「もとい!」という部分は日本語だった。
英語的には、鷲も、かなりボキャ貧だ。

それにしても、すべて削除しろ! とは…、かなり図星ちゅーか、痛い!
ちゅー指摘があったんだろーなー、と思う。

名誉毀損で訴えるというんでしょうが、飯山一郎氏のホームページのサーバーはアメリカかも知れませんが飯山一郎氏は日本に住所があり、日本で行った言論でしょうから、裁判管轄は日本ではないでしょうか。木下黄太氏はアメリカ人なんですかね?

まぁ、率直に言えば、木下黄太氏が考えたことは、アメリカのオフィスから米人女性に英語の電話をかけさせれば飯山一郎などビビってすぐに白旗上げるだろう、ということだったのではないかと思います。他に、アメリカから、アメリカ人を使って英語の電話で「訴えるぞ」と言わせることの実益が思いつきません。

この木下黄太氏は、東海アマ氏やはなゆー氏やその他の反原発派=放射能恐怖扇動者の方々が頻繁に引用している人です。

反原発派=放射能恐怖扇動者が、アメリカに事務所を持つ程度のカネと力を持てば、こういう振る舞いをする連中だということは、善良な皆さんはよく覚えておいたほうが良いと思います。

だいたい、ああいう連中はそういう連中に決まってます。(としか言いようが無いです)。

私は決して、飯山一郎氏の肩を持っているのではありません。飯山一郎氏自身も、福島原発事故を奇貨として放射能恐怖を煽りまくり、それを稼業の乳酸菌に結びつけて名前を売ってきました。福島の不幸で相当儲けてきたはずです。

しかし、飯山一郎氏の書いていることが本当なら、木下黄太氏という人は、TPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ)精神まっしぐらな人と言えますね。

京都は東海道を認めない

どうもそんな感じです。

道としての東海道」は、17世紀のはじめに徳川家康によって制定された、江戸の日本橋から京都の三条大橋までを53箇所の宿駅でつなぐ街道です。

鉄道の東海道本線も基本的にはそれに沿っているようですが、鉄道計画当初は中山道に沿ったルートを考えていたために、岐阜から草津までのルートが中山道沿いになっています。

いずれにしても中山道は草津で東海道に合流するので、東海道が京都にたどり着くべき事には違いがないはずです。

ところが、京都駅でいくら探しても「東海道本線」の乗り場が見つからない。

京都駅のあの奇異なわかりにくさ、不親切さは何なのでしょう。余所者を追い返したいという京都人の意識が形になって表れているようです。

0番線があるのも変ですが、1番線がない。

こういう非合理性は、理性に対する挑戦なので、本来厳罰に処されてやむをえない沙汰です。それが放置されて、堂々とまかり通っている。お上は何をやっているのでしょう。京都駅のホームには、関西特有の「お上も手を出せないヤクザ的な因縁」「ブラク意識」がまとわりついているように見えます。

絶対的な権力を持つ者が、当代一流の知識人を世界から集めて設計しデザインし、あれこれゴネる群衆を排除して、思い通りに理想的な都市を作り上げる。そういうことが一度は必要です。欧州の都市が美しいのはそういう土台があるからでしょう。一度そういうことが行われれば、その後どんなに荒れ果てても文化的な遺産が残ります。

で、東海道線の乗り場を探すが、見つからない。東海道本線はどこですかと聞こうとしても駅員がいない。米原方面はどうやら2番線らしい。きっと東海道線も来るのだろうと思ってそこで待つ。米原方面に行くらしい電車が来るが、東海道本線ではない。「前何両はどこどこ行き、後ろ何両はどこどこ行き」とアナウンスしているが、英語よりもわからない。とりあえず乗ってみるが、自分の乗った車両が「前何両」なのか「後ろ何両」なのかもわからない。乗るときにもわからないし乗ったあともわからないようになっている。

しばらく電車に乗っていると、琵琶湖が見えてくる。辺鄙なところに連れて行かれる。風景は悪くないが、うら寂しい感じ。

乗ったのは「湖西線」という電車だった。京都は琵琶湖の西だから、京都から琵琶湖方面に行く電車が「湖西線」であることはなんの不思議もない。

京都と敦賀の半分くらいまで来たところでいったん降りてみる。駅員は例によっていないので、運転手のところまでかけていって聞いてみる。「この電車は米原へは行きますか?」。

ハズレだった。京都駅で「米原方面」というアナウンスの流れた電車に乗ったのに、この電車は米原には行かないという。米原に行きたければ山科まで戻って乗り換えよ、という。

米原に行く電車は「琵琶湖線」だった。

ただ京都駅のわかりにくいアナウンスではあの電車は米原に行くはずだったので、半分が湖西線で半分が琵琶湖線だったのかもしれない。しかしホームに駅員がまったくいないので、乗ろうとしている車両がどこへ行くのか聞きようがない。

「琵琶湖線」などというのも奇妙な名称。「湖西線」のほうが琵琶湖は見える。

なぜ素直に「東海道本線」と名前をつけて一両の電車にし、わかりやすいプラットフォームから発着させないのか。

「やがて日本から人類を救う天才(または天才的発明)が生まれる」という妄想を垂れ流すオカルト屋がいますが

我良し」でアマゾンを検索したらコレがトップにでてきました。ちょっとお笑いです。

↑コレとか「日月神示」など、神道系のカルトはだいたいそうですが、なかにはキリスト教の「愛国派」にもそんなのがいます(子羊なんとかとか)。

「ネトウヨ」予備軍のような愚民層に受けているのでしょう。(「B層」というような失礼な言い方をせず、率直に「愚民」と呼んでやるのが良いと思います)。

上の本の人は、原発事故後特に「微生物」「乳酸菌」「善玉菌」がネットで脚光を浴びるたせいか、早速「善玉菌」に飛びつき、その分野で「人類を救う天才」や「発明」が日本から生まれるかのような予言をしています。

「人類を救う天才的発明」なら、日本から生まれようとアフリカから生まれようと、そんな小さなことはどうでもいいはずです。

にも拘らず、「そんな小さなこと」にこだわり、「日本が、日本が、日本人が」と言っているのがこの手の国粋オカルトですが、これは「オレが、オレが」といっているのと同じであり(彼らは「日本」と「自己」を同一視して悦に入っているので)、彼らが日頃口汚く批判している「我良し」(われよし)の思想にほかなりません。

このような小さな「オレが」にどこまでも拘る我執の強さが、日本の神道系カルトに共通の特徴です。つまり「ワレヨシはいかん」といっている最悪「我良し」カルト。

日本人が「独創的な発明」などしたことはありません。日本人は独創的な国民ではないでしょう。一部の人が独創的だと言い張っているだけです。

最近では日本が唯一自慢できる発明になっている「ウォシュレット」(自動洗浄便座)にしても、実は東南アジアの「手シャワー」を電動にし便座の中から温水が出るようにしただけです。元を辿ればインドの「水式」の伝統といえます。インドでは紙を忌避し使いませんが(汚れた紙を非常に穢らわしく感じる文化)、東南アジアでは水と紙を併用することが多く、最近はだんだん手を使わなくなってきたようです。

日本人は独創性や天才性のある国民ではないと思います。しかし、「日本人に独創性などない」ということは少しも「愛国心」に反しません。

世界の諸国民のうちの殆どは、人類全体に影響を与える独創性など持ちません。

自国民にそういう独創性がなければ国を愛せないという人は、自国が貧乏だったらもう愛さないという人と同じでしょう。実際日本の殆どの自称「愛国者」はそのレベルの俗物ばかりです。

19世紀のイギリスのエッセイ(有名な作家や評論家や学者の書いたものばかりを集めた受験参考書で高校時代に読んだものですが)に、イギリス人は知性がない、科学に弱い、芸術的な才能もない、美術にも音楽にも弱い、・・・などと書かれてありました。結論は、イギリス人が秀でているのは詩の才能だけ、というものでした。これはイギリス全盛時代のイギリス人によるイギリス人論だと思いますが、これと日本人による日本人論とを比べれば、なぜ日本人が永久にイギリス人に勝てないかわかるのではないでしょうか。

欧米人が偉いのは、人類全体のためになる独創的な発明や天才性については、国籍や民族や血統こだわらず、そういうことと関係なく、その天才「個人」を尊重することだと思います。その人が何人かということではなく、独創性や天才性自体を尊ぶのです。

これに対して日本人は、いつも「それは日本人の発明」だとか「日本人の働きや関与があった」という話ばかりしています。韓国人ほど狂気じみてはいないとしても、五十歩百歩と言わざるを得ません。

鳥渡上げてみた

これ以外、マスコミでは一切報道されなかったというので、好奇心で一応上げてみました。(珍しい石や貝殻を集める子供の気分)。某大新聞は「わが社の主義主張に反するので報道しない」と客に応えたとか。大震災も津波も報道しなければよかったのに・・・。

私はこういうのに賛成しているのではありません。

「個人」の内面の自立というものがない(許されていない)日本社会では、「群衆」は常に危険な存在です。それは国家や金持ちにとって危険だというだけでなく、あらゆるマトモな理念(たとえば自由や人権)にとって危険です。だから私は、日本でのあらゆる群衆デモに否定的です。こういう連中の行き着く先は、オウム真理教か浅間山荘かでしょう。もちろん大部分の人は騙されているだけなので、マトモな人なら離れていくはずです。「中心人物」の様子を見れば、狂っているのがわかると思います。この騒ぎの本質が表れています。

人間はお祭りが好きで、集まって騒ぐことはそれ自体快感です。社交感を得ることができるし、どこか性的な接触と関係のあるイメージを楽しむことができます。実際デモがらみで男女がくっつくというのは、最近もありましたが、昔もたくさんあったでしょう。人間の社会では伝統的に、口実を作って、因習としてお祭りが行われ、上の要求を全て満たしてきました。ところが、近代のデモや社会運動・政治運動は、「これは口実ではない」というのが建前です。集まって騒ぐのは目的でなく「手段」に過ぎず、神聖な目的が別にある、という建前です。これが却って不健全なのではないか。目的が達成された時、それまでの気持ち良かった勢いはどこに持っていけばいいのか。祭りの後の寂しさはどう処理すればいいのか。デモではあんなに輝けたのに、何の輝きもない仕事や学校の日常に戻るしかありません。伝統的な共同体の祭りなら、次の収穫や節季にはまたお祭り騒ぎと一体感が約束されていたのですが。デモや運動は、「気持ち良い勢い」を作り体験させるという点が大事です。それは「継続させたい」という要求を生み出し、それに応えられる政治的な「口実」を用意する組織者が次々と出てくることになります。

関西空港は怖い所。関西人の実態

前記事では「部落」の関係を示唆しましたが、これは私の想像に過ぎず、根拠はありません。私の体験だけをもう一度書いておきます。

いやしくも国際空港の到着ロビーの座席で、ノートパソコンを開いてWi-Fiを使っている到着客(私)に対し、小さな子供を何人も連れてあとから手ぶらでやって来た母親が突然因縁をつけてきました。私がジュースを隣の空いた椅子に置きラップトップを使っているのが「マナー違反」で「子どもの教育上良くない」という。座席は他にいくつも空いているにもかかわらず。そのこと一つで、延々とゴネ立て、黒い片手杖で私のバッグを小突き回し転がし、しまいには「はようどっか行け」とまで言う。

あまりに想像を超えた、日本の出来事とは絶対に思えない体験だったので、大変ショックでもありました。

私も多少は抵抗し、その女に「あなたは日本人なのか」と聞いたのですが、その女は日本人だと言い、お前こそ日本人なのかとネトウヨばりに開き直る。だから日本人ではあったのでしょう。

旅客でもないらしい(「あなたは旅客なのか」と聞いたがモゴモゴとして答えなかった)。空港施設には誰でも入れます。

周りにたむろしていた連中もその母親に加勢する。いずれも荷物を持たず何をするでもなくロビーに座っている連中。

あれが「普通の関西人」の常識感覚なのかもしれない。

ただ、関西空港の実態に関して非関西人読者の注意を喚起したいと思う。

こんな迷惑行為が行われているのに、警察官はおろか、警備員も見当たらない。職員らしい人をに声をかけても自分は関係ないといって行ってしまう。関西空港はまるで無法地帯です。

見ず知らずの赤の他人に絡みつき、自分の「正義」を振りかざして長々と説教し、罵倒する、という行動は、東京人に限らずマトモな日本人は普通やりませんが、関西ではそういうことをするのが当たり前のようです。

以前、掲示板を開いていた時に、池田信夫氏批判をしつこく書き込む人がいましたが、その人の書いていることを要約すると「池田信夫は頭が狂っているので、何を言っても信用してはいけない」でした。

私は、池田信夫氏の説く「内容」はだいたい正しいことが多いと思いますが、池田信夫氏のネットでの振る舞い方を見ると「頭が狂っている」と言いたくなる気持ちもわからないではありません。例えば、池田氏に言及しているわけでもない赤の他人に絡み付いて批判し、罵倒し、ブログで袋叩きにする、というような池田氏の行動様式です。

ただこれはどうやら「池田信夫氏のネットでの振る舞い方」というわけではなく、「炎上商法」でもなくて、単に、「普通の関西人のリアルでの日常の振る舞い」をネットでも正直に再現しているだけ、のようです。(池田信夫氏は京都出身)。

大阪市長は、日の丸君が代なんかよりも、赤の他人に因縁をつけないとか、他人に無闇に話しかけて仕事のじゃまをしないとか、自分勝手な「正義」を振り回して他人に説教しないとか、そういう日本人としての基本的なマナーを大阪の子どもに十分に教えたほうが良いと思います。大人は更正不能ですが。

いずれにしても、関西出身者には要注意です。関西人以外の人は、採用や縁談で十分に注意する必要があります。