Monthly Archives: February 2012

天皇の次男


鶏と人―民族生物学の視点から

「民族生物学」なんて学問があるんですね。「民族政治学」なら完全にファッショ思想・ナチス思想になります。

「天皇の次男」が誰かは明らかではありませんが、有名な某巨大掲示板に次のような書き込みがあったようです。

はあ?天皇とかクソだろ!
天皇の次男だって毎回ナマズの研究とか言って
タイやフィリピンで13歳前後の少女とセックスしてんじゃん
プチエンジェル事件の顧客名簿にも天皇の次男の名があったじゃん
その次男の相手した八王子の小6の少女は6人とも殺されたじゃん
小学生とセックスしてる皇族は無罪で強姦された小学生は死刑かよ
表向きは家出とか事故死とか自殺ってなってるけど殺されたんだろ

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1330014836/
http://kuantan.bo.lt/tenno_jinan

天皇や長男や次男が、生物学の「論文」を書いたりするそうですが、生物学界はそういうことを生物学への冒涜と思わないのですかね。もちろん論文を書いたことになっているだけだと思いますが。生物学なんて所詮その程度の学問と思われていいのでしょうか。

化学もまったくできない人に生物学が研究できるのでしょうか。算数もろくにできない人が生物学の論文が書けるのでしょうか。学習院の文学部や政治学科から理転ですか。

次男の場合も、生物学の御研究の一環として、女児を解剖なさっただけなのかもしれないのですね。

しかし、だからといって、殺してしまうのはどうでしょう。

この場合、問題は、女児を解剖研究したことではなく、女児を解剖研究することに対する社会の「タブー」だといえると思います。

タブーだから口止めしなければならない。口封じのために結局殺してしまう。

つまり、タブーが女児を殺してしまったのだと言えます。女児の解剖が誰もがやっているようなことなら隠す必要もなく、口封じの必要もないのです。生物学御研究者の責任ではないといえるでしょう。

生物学ご研究所の奥には隠し部屋があり・・・なんてこともあるのかもしれません。

アイヌ人にとって日本の抑圧・搾取は過酷だった。ロシアの統治の下にいた時のほうが幸せだった

C1920 日本の毛深いアイヌ人のロシアの小作人の Tatooed の女性

The Voice of Russiaが次のような趣旨の記事を連載(連投?)していますが、まったくその通りだろうと思います。

一般的に言って、少数民族にとっては、大文明の統治のもとにあったほうが幸せなのです。日本やタイなど、中途半端な強国に支配されるのが一番悲惨です。

大文明とは、要するに歴史ある大帝国ということになりますが、大文明の傘下には当然数多くの少数民族がいます。大文明国家の統治者は、好むと好まざるとにかかわらず、「普遍性のある原理原則」に従って統治せざるを得なくなります。文化の差異にかかわりなく、誰にでも理解できるようなルールで統治するほかないのです。

このことは少数民族にとっては有利です。普遍的な原理原則による支配には予測可能性があり、より安全です。現地当局者の恣意的な陵虐行為を上や世間に訴えることも容易になります。

普遍的な原理原則は、土着的な背景などと無関係に、人間なら誰でも理解できそれなりに納得できる原則でなければならないので、必然的に合理的なものになり「理性的」なものになります。

ロシアは、ビザンチン帝国の後継者であり、ひいてはギリシャ文明の系譜に連なる帝国です。大文明の嫡子といえます。その意味で、ロシアには少数民族を統治する「資格」があるのです。

私が、沖縄は日本に統治されているよりは中国の国家主権のもとにあったほうが良い、沖縄人・琉球民族にとって幸せであるに違いない、と考える理由もここにあります。

いずれにしても、日本人は北海道の不法占拠をやめるべきです。現在北海道に住んでいる和人は、不法占拠者であり、侵略者です。彼らは速やかに本州に引き上げるべきだと思います。北海道には政治的なキレイゴトを言いたがる人も多いようですが、和人である自分が現在北海道に住んでいること自体が、民族浄化に加担する犯罪行為だということを自覚すべきでしょう。日本は、アイヌの自治権尊重を条件とし北海道の主権をロシアに移譲するのが正しいと思います。

アイヌはもともと、初めてアイヌに接したヨーロッパ人が「ヨーロッパ人の一種ではないか」と考えたほどの外見をしていたのであり(白人は中東系や中央アジア系のコーカソイドに対しても強い違和感を感じるのが常であり、白人がアジア人に対してこのような感想を抱くことは普通はまずありません。よほど似ていたのだと思います)、日本人とはまったく別の民族です。現在日本人的な容貌のアイヌが多いように見えるのは、その後の和人による強姦や強制的な通婚によるものだと思われます。

さようなら、熊祭り!

 クナシル島での反乱が鎮圧された後、幕府による提言に従って、政策が変更され、同化政策が始まった。厳しい措置は廃止され、地域には医者が派遣された上で、アイヌ人に対する日本語教育が始まった。また農業教育が開始され、段階的に日本の習慣が教え込まれた。しかもアイヌ文化の各種祭りが禁止され、特にアイヌ人らが尊敬の印として熊をいけにえにささげる行事である熊祭りも禁止された。
 同化政策は1868年の明治維新以来、北海道の本格的な植民地化が始まってからさらに促進された。アイヌの男性はひげを剃ることを強制されたほか、女性は口に刺青をすることを禁じられ、伝統的な服も着用できなくなった。
 クリル諸島に住むアイヌ人の状況はそのなかでも一番ましなものだった。ロシアの植民地政策は、徴税人による職権乱用やコサック兵の乱暴などが時たま武力衝突を引き起こすことはあっても、より緩やかなものだったアイヌ人の伝統は守られ、奴隷にまで落とされることはなかった。アイヌ人らはロシア人がやってくる以前に住んでいた土地に住み続け、それまでの営みを継続していた。クリルに住む多くのアイヌ人は、ロシア語を話し、正教を信仰していた。
 しかし1875年、ペテルブルグ条約に従ってサハリン全体がロシア領となった代わりに、クリル諸島が日本に引き渡された際、アイヌ人らは自らの土地を離れるのを好まず、それは結果的に悪いこととなった。彼らはシコタン島に移され、漁業道具および船をすべて奪われた上で、許可なく海に出ることを禁止された。アイヌ人たちは様々な労働に使役され、その報酬は米や野菜、酒で支払われた。魚の配給は限られていたが、それは北クリルのアイヌ人たちの伝統にはまったくそぐわない食事だった。彼らは主に、魚を主食としていたからだ。そのような生活の変化と行き過ぎた人口密度は、北クリルから連れてこられたアイヌ人たちの死亡率を高めることとなり、1941年までにはクナシル島のほぼすべてのアイヌ人が全滅した。このような悲劇が日本国内および海外の世論に暴露された時、先住民専用居住地は廃止され、病気と貧困に落ちぶれ生き残った約20名のアイヌ人は、北海道へと移送された。

漁業の特徴

 サハリンがまだロシアと日本の共同管理だった時代、アイヌ人にとっての生活も楽ではなかった。ロシア行政当局は主に島の北部を管轄し、南部の管理は日本から夏にやってくる季節実業家らに完全に任せていた。日本人たちは天然資源やアイヌ人たちを酷使した。アイヌ人たちを集めるために、日本人たちは川の下流を防ぎ、上流のアイヌ人たちが魚を求めて海に降りてくるようにした。ここで日本人はアイヌ人らに漁業の道具を貸し出し、アイヌ人たちはとった魚の一番よいものを日本人に渡さなくてはならなかった。アイヌ人たちが自分の道具を持つことは禁止されていた。日本人が去る時は、道具も一緒に持っていったため、アイヌ人たちは最小限の魚の貯蓄のまま残され、冬の終わりまでにはほとんどいつも飢えがやって来た。
 1875年、サハリン全島がロシア領となり、アイヌ人たちの状況は改善した。しかし露日戦争の後、南サハリンは樺太となり、日本からの入植者たちが大量に流れ込んできた。彼らの数は、先住民の数を数倍も超えるものだった。1914年、すべてのアイヌ人は10か所の村落に移され、島の中での移動は禁止された上に、伝統的文化は否定された。またアイヌ人の同化政策の一環として、1933年、日本臣民として日本名を名乗らなくてはいけなくなった。さらにアイヌ人の新生児には日本の名前が付けられるようになった。多くのアイヌ人は日本人と結婚した
 1945年以降、南サハリンは再びロシア領となった。アイヌ人らは他の日本国民と同様に、本国送還となった。ソビエト当局は、すべての希望者にサハリンに残ることを許可するとしたものの、ほぼすべてのアイヌ人は1947年から1948年の間に日本へと渡った。

日本列島は日本人のものではない!


アイヌ文化の基礎知識

The Voice of Russiaはいま、アイヌや北海道、露日関係についての評論を連載しています。特にアイヌに関する記事には興味深いものがあります。日本人の言論世界では決して見られることのない「日本は誰のものか」という根本的な問いかけが真正面から行われているからです。

鳩山由紀夫氏が首相時代に「日本列島は日本人だけのものではない」という至極真っ当な発言をして、右翼勢力の攻撃を受けましたが、国際的に見れば問題はそんな生易しいものではなく、「そもそも日本人に日本列島に対する権利があるのか」ということが問われているのです。日本人はこのことを忘れるべきではありません。(鳩山元首相の息子さんは、ウラジオストックの交通信号に関する提言で博士号をとったそうです)。

日本は誰のものか」という記事では、日本列島の先住民は長くアイヌだったことが述べられています。

そして、アイヌの民族系等がまだよくわからないとしつつ、アイヌは日本人などのような「アジア人」ではなく、ヨーロッパ人的な容貌を持っていたことが強調されています。

 アイヌ人たちがどこから日本列島にやって来たのかは今に至るまではっきりとしていない。インド・ヨーロッパ系やセム系、オーストロネシア系などとする説があるが、どれも完全な正当性が確認されているわけではない。ただ一つ確実に言えることは、人類学的な観点から見て、アイヌ人は、日本人、朝鮮人、ニブフ人、イテリメン人、ポリネシア人、インドネシア人、オーストラリアのアボリジニなど、極東や太平洋の諸民族とは大きく違っているということだ。

ここでは、アイヌ人を最初に見たヨーロッパ人たちが、アイヌをヨーロッパ人に近い人種であると考えた事が重要です。つまり、ヨーロッパ人は、日本人等のアジア人は自分たちとは異質な人種と見なしましたが、アイヌについては、その容貌から、自分たちに近い人種に違いないと考えたという事実です。

17世紀、日本を訪れたヨーロッパ人たちが最初にアイヌ人に遭遇した時の驚きがあった。つまり、モンゴロイドが居住している地域に突如として、長い髪の毛、豊富なひげを蓄えた、完全にヨーロッパ的外見を持った人々が現れたからだ。

アイヌは北海道だけでなく日本列島の先住民であったと考えられています。日本人はこのことに異議を唱えるかもしれませんが、少なくとも、アイヌに最も近い西洋人であるロシア人はそう考えているのであり、ヨーロッパ世界ではそのように看做される理由があるということです。

そして、我々は次の一言に注意すべきです。

現在日本においてアイヌ人の数は約3万人となっている。サハリンや他のクリル諸島を含むロシア領には数百人。彼らに何が起こったのだろうか

この文章は、日本人がアイヌを大虐殺したことを示唆していると言えます。

1万3千年前から日本列島に住んでおり、周辺にいるアジア人と何ら系統関係を持たないアイヌが、現在3万人しか生存していないことが不自然なのです。日本人が虐殺し、「民族浄化」してしまったとしか考えられません。

このことからも、日本人は日本列島に対する権利を本来一切持っていない、ということが理解できます。日本人には日本に住む権利はないのです。

さらに、ロシア人に出会ったアイヌ人たちは、ロシア人を「兄弟」と呼ぶようになったという史実があります。

ヨーロッパ人も、アイヌ人の外見を自己に近いものと看做し、アイヌの方でもロシア人を「兄弟」と呼んだのです。

本来アイヌの土地である日本列島に対する権利は、アイヌとはかけ離れた容貌をもつ日本人よりはむしろ、容貌がアイヌ人に近いと自他共に認めるヨーロッパ人の方により多く存する、ということが言えると思います。ヨーロッパ人であるロシア人のほうが、アイヌの土地(日本列島)に対する優先権を少なくとも潜在的には持っているといえます。

日本人は世界中にもはや「居場所はない」といって過言ではありません。

日本人は得意の集団自殺でこの世から消えたほうが良いのです。

バブル崩壊以降の日本の不遇、現在経験している不運は、私の感覚では、日本人が受けている「罰」だと思います。この罰はまだまだ続くでしょう。過去数千年にわたって先住民族を虐殺弾圧してきた罪業の報いだからです。

日本人がなしうることはあまりありませんが、まず侵略の象徴であり日本民族による先住民虐殺の主犯ともいえる天皇および天皇一族を排除することです。天皇制を廃止するのは当然として、特権集団である天皇一族を解体し、債務を返済させ、中心的な構成員を処刑する必要があります。もちろん天皇は処刑すべきです。

天皇制廃止と天皇一族処罰は、日本人がこれまで虐殺し抑圧してきた先住民族や近隣諸民族への謝罪として絶対に必要なことだと思います。

そして、国境を開放し、中国人やロシア人に自由に日本列島に住んでもらうことが重要です。日本列島は各国の諸民族の雑居する土地になったほうが良いと思います。

アイヌは3万人しか生存していませんが、ロシア人や中国人のほうが日本人よりは彼らの権利を尊重できます。日本人は偏狭で、(タイ人とならび)弱者・少数者に対する差別・弾圧を喜びとする差別主義民族だからです。

したがって、日本は東西に分割し、アイヌや沖縄の先住民族の自主権を尊重することを条件に、東をロシア、西を中国が統治するのが良いと思います。アメリカが望むなら関東の一部と沖縄の一部をアメリカの統治とすればよいでしょう。先住諸民族は自分にあった統治者を選ぶことができます。

日本人は、日本列島は日本人のものではないのだ、という事実を受け入なければなりません。

「除染」利権に群がるダニ


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福島事故による放射能汚染について、避難や疎開など必要ではないと主張している人々には二種類ある。

そもそも人体に影響のない極めて微量の放射能に過ぎず、「除染」も不要で税金の無駄であることを科学的な根拠を示して指摘する、池田信夫氏のような立場が一つ。

もう一つは、「除染さえすれば大丈夫」だという「ネットゲリラ」のような立場。避難も疎開も不要だが「除染」は必要だという。

後者は「除染」利権に群がるダニにすぎない。

「殺戮社会」の幸福


暴力の考古学―未開社会における戦争

以前は、マルクス主義が流行っていまして、原始社会は「原始共産制」というユートピアだったということになってました。日本でも江戸時代の知識人である安藤昌益という人が「聖人」が出るまでの万人「直耕」の社会を理想化していました。

人のまた聞きのような話ではありますが、そういうユートピア的な「原始社会」観はまったくの誤りだったということが、実証的にもだんだんわかってきたそうです。

原始社会、というか、農耕が起こり国家ができるまでの人類社会は、少部族間の略奪殺戮が蔓延する殺し合いが状態の社会だったそうです。小さなグループ内部は他部族との抗争で有利になるように平等主義・利他主義だったそうですが、それも他集団を略奪殺戮するための効率からであって、全体から見ると、「人間の営み」は略奪と殺戮のみという状態が続いていたということです。そういう殺戮時代が、農耕が始まるまでの人類の歴史のすべてであり、人類史の99%を占めるそうです。

人類が現在の人類に進化したのもそういう状態においてだったといえるので、人類の遺伝子や記憶の中に殺戮略奪志向が刻印されていても不思議ではないと思います。

当時は狩猟採集生活が基本で、生産というものが無いので、人口が増えれば直ちに飢餓状態になります。他集団を襲い、構成員を皆殺しにして人口を調節し、その集団が蓄えていた物や縄張りにしていた餌場を奪うことが唯一の「生産活動」になります。

また、「農耕が始まって国家や階級支配が生まれた」という説もどうやら事実ではないらしく、国家のようなものができて初めて、農業生産が可能になったそうです。つまり「生産力・生産関係」よりも「国家」の方が先だったということです。

それでは、そのような殺戮と略奪が支配する時代に生きていた人類が悲惨で文明時代の人類より不幸であったかどうか、といえば、私は、必ずしもそうとは言えないように思います。

誰もがいつ殺されるかわからない、殺戮略奪の自由がある代わりに殺される可能性も高い社会ではありますが、みんながみんな殺されるわけではありません。2分の1か4分の1かわかりませんが、殺されずに生き延びる人もいる。結局、殺されるか生き延びられるかは運です。

そして、運良く殺されず、むしろ運良く殺戮略奪に成功し、生き延びた者にとっては、幸福感は非常に強い社会だったといえると思います。その幸福感は、すべてが許される自由感であり、その強烈な幸福感は現在の人間には(特別な人達はどうかわかりませんが、カタギの人間には)決して得られない幸福感です。

略奪の喜びは、現在の我々は、商売やゲームや受験等により、擬似的にのみ体験させられ満足させられています。

「本当の略奪」はどれだけ鮮やかな体験でしょう。しかも、先史時代においてそれは「犯罪」ではなく、どこに出しても恥じることのない、むしろ名誉ある人間の営みなのです。

そして、皆殺しの快感。

現在の人間は本能に刻印された残虐性を日常抑圧し、宗教などに昇華させたり、戦争においてのみ存分に発揮してきましたが、戦争もロボット飛行機にやらせる有様であり、強姦や残虐行為をビデオに撮られてYouTubeに載せられて糾弾されるような時代になってしまい、本能が完全に抑圧される時代になりつつあります。

略奪に成功したものは敵部族の皆殺しが当然であり、女は強姦した上で殺す、いい女がいれば性奴隷として持ち帰る。もちろん妊娠させるのも殺してしまうのも自由です。

これほど完全な生と性の解放はないと思います。

現代人はこれに対して「自分が虐殺される側になったら嫌だろう」と言って反論するでしょうが、そんなことは運次第です。それに、そういう不運はいつの時代にも同じようにあるのです。

現代人は、特に日本人は、常に「保証」を求めます。現在から遠い将来に至るまでの、安泰、平穏、適度な豊かさ、健康などの「保証」を求めます。そんなことを求めてみても、明日交通事故で死んだり重症を負って寝たきりになったりするかもしれないのですが、そんなことは一切考えず、50年先まで生きるつもりで保証を求めます。そのために、現在の幸福をますます犠牲にするのです。福島原発事故での放射能にバカのように騒いでいる人が多く、不安と神経質のあまり勝手に免疫力を下げている人が多いようですが、それも将来にわたって絶対安全の「保証」を求めるからです。

また、現代の市民社会に生きる人は、「立場の互換性」という信仰から離れることができません。自分たちが必ず常に「同市民関係」にあると信じています。「自分がされたくないことは、他人にはしていけない」つまり「他人の苦痛は自分の苦痛と等価である」と信じています。この考え方の前提にあるのは、「苦痛の可能性」を同市民全員が平等に分担している、という考え方ですが、「ある人の苦難は他の人の苦難の贖いであり、苦難を負った者は我々の苦難を負ったのだ」という(卑しい)キリスト教の論理が前提にあるのかもしれません。

しかし現実を素直に見れば、そういう御伽話は皆デタラメです。

今でも(公害とか戦争とか放射能と関係なく、偶然に)若くして難病にかかり悲惨に死んでいく人がたくさんいますが、そういう人と「あなた」と、立場の互換性があるといえるでしょうか。そういう人の人生もその人にとっては唯一のものなのですが、「あなた」とは関係がありません。その人が運が悪かったとしか思えないでしょう。

他人の苦痛は他人の苦痛であって、自分の苦痛ではありません。

他人が苦難を負い、自分が苦難を負っていない理由は、突き詰めて言えば「運」です。

他人の運命はその人の運命であり、自分の運命ではありません。

自分も他人も、それぞれ唯一の人生を生きている別の人間なのですから、「立場の互換性」など最初からあるわけがないのです。

原始の殺戮社会では、自分が殺戮される可能性が仮に4分の3あるとしても、4分の1の確率で自分が殺戮者の側に立ち、あらゆる自由(正当な略奪、殺戮、強姦、奴隷所有)を享受し、4倍も幸福になれる可能性があったのです。

その幸福はどんなにキラキラとした素晴らしいものだったでしょうか。

今の人類社会ではその幸福の素晴らしさを空想することさえろくに許されていないのです。現在の社会のどんな特権者にも許されていない、人間の最も原初的な、本源的な「幸福」だと言えます。

放射脳和人による沖縄「植民」計画


放射能と理性 なぜ「100ミリシーベルト」なのか

本題に入る前に基礎知識になりますが、低線量放射線の被曝は人体に無害です。広島長崎以来膨大なデータがありますが、100ミリシーベルト以下の被曝が人体に有害であることを示すデータはありません。これは政治問題ではなく、専門家が見つけたくても見つけられないのであり、科学的な事実です。常識的に考えてもわかることですが、40度のお湯に3分間入っていても何の健康被害もありませんが、100度のお湯に1分入っていたら死ぬでしょう。それと同じ事です。また、いわゆる「内部被曝」は事実上「都市伝説」に近く、「外部被曝」にまして「危険」は少ないことがわかっています。「累積的被曝」による健康被害は大規模な疫学データに照らしても検出されず、「預託線量」という概念に意味があるかどうかも疑問であるようです。「一つだけ、累積的被曝の影響がみられるデータがある。これは放射性ラジウムを発光塗料に使う時計職人の調査で、累積の被曝線量が10Svを超えた191人のうち骨肉腫を発症した人が46人いたが、10Sv以下では1人もいなかった。これは文字盤を塗装するとき、筆の先をなめたことによる内部被曝だと思われる。」という程度の証拠しかないのです。

とはいえ、私は、「放射能怖い怖い」をネタにして商売すること自体を糾弾する立場に立つつもりはありません。商売は、見方によっては常に詐欺的な要素を含むものであり、基本的に、「科学」ではなく「意思の自由」のルールに支配されるべきものだと思います。放射能恐怖にかられている人が現に多数いるのなら、その需要に応じて商売することは悪いことではないし、社会的に許容される範囲内では恐怖をかきたてるような宣伝をすることも許されていると考えます。「放射能怖い怖い」ネタの出版やブログで名前を売り自分の本業を拡大することも、許される範囲内だと思っています。

ただ、沖縄への「入植」、「植民」となると話は別です。

私も和人でありますが、天皇崇拝主義の和人が沖縄を土足で踏みにじり、沖縄で「天皇陛下万歳」などと叫ぶことは許されないと思います。天皇崇拝主義の「放射能恐怖同志」を集めて沖縄に「疎開コミュニティ」を作るなど、「和人植民地」設営というほかないでしょう。

沖縄は外国だと私は思います。日本がいまだに植民地支配をしている「外地」です。そして、本土人が身近に受け入れたくない米軍基地の大部分を押し付けています。

和人による沖縄への植民は、現在も盛んに行われていますが、沖縄の地方政治への影響も無視できません。沖縄の先住民による自治が妨げられることになります。その意味でも和人の沖縄植民は望ましくないと思います。このことは左右を問わず、「米軍基地がなくなったり沖縄が独立したりしたら自分たちのネタが無くなる」と思っている左翼和人についても言えます。

沖縄に対する天皇の戦争責任は明らかです。天皇が世襲である以上、国際的に見れば「君主」なのであり、現天皇の過去の侵略戦争に対する政治的道義的責任も否定できません。天皇の謝罪が不要だと思っているのは日本人だけであり、日本的な村意識、曖昧主義に過ぎません。沖縄に対しても、天皇による(人格的表現としての)謝罪が必要です。それは政治的に是非必要なことです。天皇は、日本人の勝手な思い込みにかかわらず、政治的な存在です。

次に引用するのは飯山一郎氏という人のホームページですが、このような戯言を沖縄から発信すべきではありません。

(以下、引用)

http://grnba.secret.jp/iiyama/

2012/02/15(水) 天皇陛下 万歳! (1)

昨年3月、菅直人が側近に漏らしたことは…、
「東日本には人間が住めなくなる…」
これは、総理大臣(官邸)に上がってきた確実な危機情報だ。
確実情報だからこそ、VIPたちは妻子を海外に疎開させ、高線量地域に行く
ときは、宇宙服みたいなファッションに着替えるのだ。

しかしながら…、
日本のVIPのなかでも、天皇陛下だけは、高線量地域を平服のまま平然と
訪問されていた。
これは、今上陛下が、
天皇は、常に、国民とともにあゆむ
と言われてきた御言葉そのままの御心(みこころ)の御発現である。
今上陛下は、まさしく有言実行の御仁なのだ。
ところで…、
どんな言葉にも「ウラ」(裏の意味)がある。
今上陛下が常々言われてきた、
「天皇は、常に、国民とともにあゆむ。」
この御言葉にも、まごうかたなく、裏の意味は存在する。
今上陛下の御言葉の「裏」に秘められた意味とは、一体どんな意味なのか?
おそれおおいことではあるが、今上陛下の御言葉を赤心をもって解釈したい。
「天皇は、常に、国民とともにあゆむ」
この御言葉の裏の意味、即ち、今上陛下の御心は
「天皇は、国民が死ぬときは、ともに崩(ほう)ず!」
これを直訳すると、「天皇は、国民とともに死ぬ!」
と、解釈申し上げるほかはない。
中国古代の歴史家・司馬遷は、「今上知天下」(『史記』)と記した。
「今上」とは、現在の帝(みかど)のことである。
「今上知天下」とは「帝(みかど)は天下の全てを知る御仁である」という意味だ。
菅直人が、原発災厄により「東日本には人間が住めなくなる」との確実情報を
得ていた頃、今上陛下も同じ情報を得られていた。
「今上知天下」。「帝(みかど)は天下の全てを知る御仁なのだから。

愚生のようなボケ爺でさえ日本国の危機を正確に把握していた。

最悪事態だと覚悟するほかない…』(2011年3月11日)
最悪事態の,そのまた最終事態!』(2011年3月12日)

上の愚生(ぐせい、鷲のこと)の文章はヘタだが、論点と焦点は正鵠を射ている。

まして、天皇陛下である。
「今上知天下」。今上陛下は、日本国がおかれた全ての状況を把握なされ
たうえで、『東北巡幸(じゅんこう)』を重ねられておられたのである。
「全ての状況」には、勿論、御自分が重大に被曝されることも含まれている。
そうして実際、今上陛下は、
「マイコプラズマによる感染症を患い,入院を余儀なくされた…」
と、国民に向けて御言葉を下された…。(天皇陛下お誕生日の御言葉)。
そしてまた、今回の心筋梗塞の御症状と、18日の冠動脈バイパス手術で
ある。
今上陛下は、御自分の御不幸を全て御承知の上で、『東北巡幸』を執拗に
お続けになっておられた…。
天皇は、常に、国民とともにあゆむ
この御言葉に、今上陛下は、徹頭徹尾、徹してこられた…。
これほど「国民主義」に徹された天皇は、長い長い日本国の歴史のなか
でも稀な御存在であられる。
それだけに、いま、今上天皇陛下が、尚一層、おいたわしくてならない!
こう、多くの国民が心を痛めているはずである。
そうであるから…、
(昔、ちゃちな軍国主義者が叫んだのとは全く違う意味で)愚生は祈りたい!
皇居を遥拝しつつ、衷心からの祈りを捧げたい。

「天皇陛下 万歳!」
と。

(つづく)
2012/02/13(月) 号外! 飯山一郎、「別天地」を確保!

沖縄やんばるの本部(もとぶ)町、名護市、大宜味村では、沢山の仲間に
出会うことができました。
そして、なんと! 沢山の日本人が助かる「別天地」が見つかりました。
総面積4万坪!の敷地を確保する目処(メド)がたちました。
格好の養豚場1~2ヶ所についても、経営引継ぎの約束ができました。
もちろん完璧な無臭養豚場にしますが、目的は豚ふん尿を発酵肥料化する
ためです。
仕事が、思いどおりに進むので…、
嬉しくて嬉しくて、昨夜は本部町で開かれた『ウンチャカ』のライブに飛び入り
出演し、歌を唄って大騒ぎ。拍手喝采を浴びました。
だから、昨夜は、感激と感謝の夜になりました。

これから、急遽、鹿児島に戻ることになりました…。
ありがとう! やんばるの仲間たち。すぐに帰って来るからネ!
次は、きのこ姐さん御一行を連れてきます。
きのこ姐には、本部町に住んでもらうことにしましょう!
彼女の“元気な毒舌”で、本部町と大宜味町を、さらに元気にしましょう!

"Non,je n’ai rien oublié"

この曲は、私が小学校の6年くらいの時に何かのはずみで人から教えてもらって一時期トリコになった曲です。日本語タイトルは「遠い思い出」。

フランス語なんかもちろんわからなかったのですが、歌詞カードのフランス語を見ながら聞いているとまるで言葉の意味がわかるような感じがして、歌の内容に自然に感動していたのを覚えています。子供のころにはそういう不思議なこともあります。12歳くらいの時に夢中になったものなので、「人格形成に影響を与えた」とも言えると思います。

タイトルは「いや何も忘れていない」。話の内容は、(おそらく孤独な心を抱えた)主人公の男が昔の恋人に突然再開し、当たり障りのない話をして別れる。「思いもしなかった。出会うなんて」で始まり、その間の男の内面の語りをひたすら感傷的に歌いあげる。というもの。フランス語がよくわからないのであれなのですが、相手の女の姿はまったく出てこず、ひたすら男の自己愛惜的な独白に近い語りに終止するというまことに調子の良い演歌です。が、シャルル・アズナブールの他の曲の多くもそうだと思いますが「時の流れ」の切ないような感じが表現されていて良いと思います。

歌詞
http://www.stlyrics.com/songs/c/charlesaznavour5774/nonjenairienoublie231347.html