Monthly Archives: October 2011

「ポジティブ思考」⑤ 肯定すること

ポジティブを辞書で引くと「肯定的」という訳語は出ていないようですが、ポジティブシンキングとは積極的で、建設的で、楽観的な物の見方のことですから、肯定的な物の見方ともいえると思います。

実際、「肯定すること」は、ポジティブシンキングの極意といえるのです。

何を肯定するかといえば、全てをですが、まずもって今の現実、自分の現状を肯定することです。そして自分を取り巻く環境、社会、世界、宇宙、全てを心から肯定することです。

自分の現状を今肯定できない人は、将来も幸せになる見込みはありません。現状を心から肯定できない人は、見込みはないので人生をあきらめたほうが良いです。

実際のところ、時間というのも人間の感性の制約にすぎず直観の形式にすぎないのです。このことはカントが短い先験的感性論の中で書いています。

そういうわけなので、将来あることは全て今ある。今無いことは将来もないと思ったほうが良いと思います。

ポジティブ思考は、現状を全肯定するという点で、「保守」でありますが、将来の変化も全て受け入れていく、肯定していく、という点で、ある意味進歩的であり、どちらかと言えば日和見的で事大主義的な態度に対応することになります。

この意味の「肯定」を、「感謝」と言い換えても意味としては大きな違いはなく、実際多くの道学者・宗教家・オカルト屋・カルトが「感謝」という言葉を多用しています。

しかし正直な話、私は日本語の「感謝」という言葉を好みません。そこには、人的な、対人的な、卑下、卑屈、従属、負い目、というものが必ず伴います。これらは肯定ではなく、「否定的なもの」です。すなわち「ネガティブシンキング」なのです。

英語では、「感謝する」という時、appreciateという言葉をよく使うようです。appreciateは受験勉強以来、「評価する」、「鑑賞する」と覚えてきましたので、外人の活動にお金を寄付したら「お前の貢献をappreciateするよ」みたいなメールが来てカチンとしたこともありますが、実際、日本語の世界でも人に感謝するときはそのくらいがいいのです。自分に良いことをしてくれる人がいたら、「君は良いことをした」「君の努力を評価するよ」くらいに感謝しておくのがよいのです。みんながそういうふうになれば日本社会ももう少し生きやすい社会になるかと思います。

日本ではこのように「感謝」は人的なものとしか考えられていないので、「神への感謝」という言葉を聞いた日本人は、その「感謝」という言葉を比喩的にしか捉えられないのではないかと思います。

人にやたら感謝することは(それが先祖であれ、八百万の神々であれ)、神への感謝、唯一神への感謝に逆行する性質を持つと私は思います。ムスリムは決して人に対しては跪きません。

昔風の親とか、中小企業の社長とか、目下の者に自分への「感謝」を要求する人間がいますが、そういうのは碌なものではありません。そういう人間にマトモな末路はないでしょう。

現実を全肯定するということは、現実は全て神が作り出しているということを受け入れることと表裏一体であることに注意すべきです。

邪教である仏教や多神教の信者には、本当に「肯定する」という心はないのです。

私達がどういう生き方をし、何を思い、どんな努力をしようとも、全能にして唯一の神は、明日にでもわれわれを地獄に落とすことが出来るでしょう。その気になりさえすればです。なぜそうするか、全能者に理由を述べる義務はありません。全能者の深い考えは人間ごときには死んでも理解出来ないものなのです。

従ってわれわれにできることは、身にふりかかる全て、知りうる全てを、全て肯定していくということだけです。これがわれわれの義務でもあるのです。

神はわれわれの目には不条理に見える罰を与えますが、われわれはそれを含めて肯定できなければなりません。

現実を肯定することが、現実をお作りになっている唯一全能の神を讃美することです。このことを、忘れてはいけないと思います。

われわれには前世も輪廻も転生もありません。時間さえないでしょう。すべてが神の一瞬の創造です。


純粋理性批判〈1〉 (光文社古典新訳文庫)

プエルト・プリンセサ Puerto Princesa

マレーシアにも近いパラワン島の中心都市、プエルト・プリンセサはこんなところ。

確かに南国の雰囲気満点の町だが、人心は・・・・。

人間に関してはミンダナオ島の大都市ダバオの方がずっと良いかも。ダバオは観光ズレしていないだけでなく、確かに「親日的」な人が多い印象を受けた。(歴史から、日本人の遺伝子を受け継ぐ住民も多いのではないかと思う)。

パラワン島は日本のガイドブックで「最後の秘境」と紹介されていた。ガイドブックでそんなふうに紹介される時点で終わっているというのが現実。

小さな町で人口も少ないと思われるのにツーリズムが目立ち、白人密度が高い。鄙びているのにあちこちに白人がいる。フィリピン女を連れた親父もいる。こういうのは、終わったアジアの徴候。インドシナ(タイとその周辺)の田舎のような雰囲気になっている。人心が荒れるのも当然。(自然環境はインドシナよりは濃く、上質である)。

宿は2000円くらいから。「地球の歩き方」でよさそうに紹介されている「Casa Linda Inn」はまさにタイの白人宿という趣で、ゾッとする。スタッフもタイ人のようで非常に感じが悪い。プエルト・ペンションはもう少しマシ。900ペソぐらいから。

今、プエルト・プリンセサで「コンベンション」があり、あちこちから役人やら集まってきていて、宿がどこも満室。開いているところを見つけて転々と泊まり歩くしかない。Wi-Fiはよく普及している。

どんなところだろうかと思って来たが、自然に関しては期待以上に良かった。緑が濃い。これぞ南国という感じ。タイやその周辺(インドシナ半島)では本当の南国気分は味わえないと思う。

社会的環境・旅行業の環境については最初来てゾッとしたので一泊で帰ろうかと思ったくらい。(もとよりインドシナ半島と違い「不健全」ではないが、終わってる感じ)。

昼間はとにかく暑くて外を歩く雰囲気ではない。北緯3度のクアラルンプールのほうがずっと涼しい。


D27 地球の歩き方 フィリピン 2011~2012

「ポジティブ思考」④ 与えること

「ポジティブシンキング」(教)から見て、与えることは「ポジティブ」かどうか。ポジティブシンキングで「ポジティブ」というのは、将来について積極的で楽観的で、要するに明るい心構えのことです。

「与える」ということは与える人が「失う」ことなので、その限りでは暗いことと言えます。しかし、与えられた側は、得るわけなので、そちらに目を向ければ積極的で明るいことと言えます。

ポジティブシンキング教では、与えるという財物(や役務や精神的な何か)の移転についても、失う面でなく得る面、増える側の喜びに注目すべきです。

そんな説明をしなくても、与えることは良いことで、明るいことであると思うかもしれません。

しかしながら、では、「奪われる」ことはどうか。「取られる」こと、これも財物等の移転に過ぎません。取られた側は暗くなりますが、取った側は富が増え、得をし、楽しくなります。

ポジティブ思考においては、何事に関しても常に明るい面に注目し、暗い面を気に止めないことが重要です。

国家間の関係においても、「与える」という立場を貫いていさえすれば、失う、奪われる、ということも少なくなるのです。

領土や権益を奪われたように見えても、こちらにとっては損失でも相手は得をして喜んでいるのですから、まったくネガティブというわけではありません。こちらが損をした分、相手は得をしているのです。

得をして喜んでいる相手の立場に立てば、こちらの気持ちも明るくなり、損をしたという気にはならなくなるでしょう。何事も明るい側面に着目するのです。

「奪われた」と思わず、「与えた」と思うことで解決します。

仮に虐待を受けたとしても、自分の苦痛にばかり注目するから苦痛になるのですが、相手はそれでスッキリしていたり楽しかったりするのです。そちらに着目すれば、虐待も苦痛ばかりでないということがわかります。視点を変えることで、同じものがまったく逆に見えるのです。

国境紛争など愚の骨頂と言えます。北方領土でも尖閣諸島でも、どんどん与えていけば相手はそれ以上攻めてこないものです。嘘だと思うかもしれませんが、私はそう信じています。

「やらないよ」という態度だから、相手は無理にでも取ろうとする。それ以上取ろうとする。北海道や沖縄まで取ろうとするのです。こちらが進んで分けてやる態度でいれば、むしろ相手は攻める緒を失うはずです。

非武装中立というのは素晴しいポジティブシンキングと言えます。

「敵がある」、「仮想敵国をもつ」、という事自体が「ネガティブシンキング」の最たるものなのです。国家がそのような思考法に囚われていては、かえって敵意を集め、ますます危うくなります。

貿易交渉等についても、たとえばTPPでアメリカばかりが得をするとしても、それに抵抗しようとするともっとひどい目にあいますが、得をさせてやろうという立場に立てばやがてこちらも特をすることになります。まさに自由経済、自由貿易の美徳といえます。

国防の要諦は「与える」ということです。北方領土やらないよ、竹島尖閣云々とつっぱって、日本がこれまで得をしたことがあるでしょうか。

日本に入国したい人があれば、誰でもどうぞどうぞと入国させてやれば良いのです。

昔の日本では夜寝るときに鍵をかけなくても泥棒に入られなかったのですが、夜這いのためかもしれませんが、なぜでしょうか。治安が良かったから、と思うかもしれませんが、そうではありません。逆です。

鍵をかけなかったから、泥棒が来なかったのです。鍵をかけるようになったから泥棒が入るようになったのです。

日本列島は日本人だけのものではないというのは至言です。北方領土も竹島も尖閣諸島も、「与える」ことによって日本人のものになります。この逆説に気づくべきです。

これから日本は多くを失うと思いますが、近隣諸国やアメリカに取られるよりも、自然に取られることが多いでしょう。日本人が取ることばかり考えて与えて来なかったからとも言えます。(ODAのようなインチキは与えたことになりません)。

要するに、資産にせよ、領土にせよ、「与える」ということはポジティブシンキングなことであり、有益だということです。

右翼ほど、ネガティブで、ポジティブシンキングから遠いものはありません。右翼が栄えるようになれば国が衰退するのは当然です。もちろん、左翼もポジティブシンキングではありません。左翼は考え方が暗く、常に批判的なので、ネガティブシンキングです。その意味では中道的な立場で、いつも「すべて与える」という考え方をしていれば国も社会も栄える(やがて国家など必要なくなる)はずです。


ネガティブな自分をゆるす本―ポジティブ・シンキングのとらわれをはずそう!

「ポジティブ思考」③ 「引き寄せの法則」


お金と引き寄せの法則 富と健康、仕事を引き寄せ成功する究極の方法

人間ポジティブシンキングが大切であり、ポジティブで、いつも笑顔で明るく、常に物事を楽観的に考え、良いことばかりを考えている人なら、放射能など恐るに足りません。これは動物実験でも証明されていることなのです。

この「ポジティブ思考」の効果は、「引き寄せの法則」とも密接な関係を持ちます。というより、ポジティブ思考の効果が出てくるシステムはまさに引き寄せの法則そのものなのです。

財産のあるところに財産が引き寄せられてくる、情報のあるところに情報が引き寄せられてくる(二階堂さんもいつか書いていました)、知恵のあるところに知恵が引き寄せられてくる。このような現象は、われわれが普通に経験していることです。

ですが、いま重要なのは、「ポジティブな思考」には肯定的な(喜ばしい)現実が引き寄せられて来る、「ネガティブな思考」のあるところには否定的な(良くない)現実が引き寄せられてくるという「引き寄せの法則」です。

その人の「物の見方」により、それに対応する「現実」が引き寄せられてくる、という法則です。

というよりも、本当を言えば、「現実」とは、その人の(どの人かわかりませんが)「心」が作り出している仮象に過ぎないのです。これが引き寄せの法則の結論になります。(哲学では、仮象とか現象とか、細かく区別して使うようですが、ここ「引き寄せの法則」の世界ではそういうことはどうでも良いのです)。

だから、その人(どの人か知りませんが)が「ある」と思えば現実にもあるし、「ない」と思えば現実にもない。「ない」と思うのにあったという時は、本当に「ない」と思っていなかったからです。つまりどこかに疑いがあったからということになります。

福音書に、誰でも海の上を歩いて渡れるという話があります。本当に信じていれば、ということです。何を信じていればか分かりにくいですが、必ず水の上を歩けるということをです。水の上を歩けなかったのは、どこかに疑いが忍びこんでいたからなのです。本当に信じて疑わないならば、山に命令して海に飛び込ませることも出来ます。それができないのは、本当に「信じていない」から、どこかに疑いがあるからです。

日本人は百姓な群衆ですので「信じる」という言葉をいい加減に使っていますが、信じるとはそういうことなのです。

現実は心が作っている仮象にすぎないので、ポジティブな・楽観的で明るい・物の見方をしている人の境遇が、ポジティブな・肯定的で明るい現実になるのは当然といえます。

世の中の「悲劇」や「悲惨」も、現実に客観的に存在しているのではないのです。それは、世の中に悲惨なことがあると思っている人の心が作り出しているだけです。

自分より金持ちな人がいた場合に、羨ましいと思えばネガティブシンキングになりますが、その金持ちを尊敬する気持ちを懷けば、自分も金持ちの仲間になれる可能性があります。他者だと思えば他者になり、自分だと思えば自分になるのです。貧乏人や悲惨な人はなるべく見ないようにすることが大切。不幸な人に同情心を抱くと自分も不幸な人の仲間になっていきます。この辺り、話としてはきついですが、現実にそうなりますので注意が必要です。

・・・・・・・・・・・・

【ご注意!】この記事は全部ネタです。

「引き寄せの法則」に関する私の見方はこちら ⇒ http://kuantan-bin-ibrahim.blogspot.jp/2011/02/blog-post_6703.html

「ポジティブ思考」②

西洋のポジティブシンキングの話は、あまり、「そうだ私も参加しよう」という気持ちにならない様なのですが、日本だとこれもかなり日本風に「歪曲」されているようです。

アマゾンで「ポジティブシンキング」を検索してみると出てくる本の名前は・・・「ネガティブ」だらけでした。

アマゾンの検索結果

ポジティブシンキング

「ポジティブ思考」①

このブログでは「ポジティブシンキング」のインチキ性を何度も批判してきましたが、とはいえ、やっぱりこの世は「ポジティブ思考」が大切です。

だいたい、「批判」などということはネガティブなことであり、あまりポジティブなこととはいえないです。

人生を楽しく生きる秘訣が「ポジティブ思考」「ポジティブシンキング」であることは事実です。

「ポジティブシンキング」は英語なので西洋から入ったものでしょうが、西洋の「ポジティブシンキング」がどんなものかは、このサイトなど少し読んでみるとわかります。
http://www.successconsciousness.com/index_000009.htm

ちらっと読んでみると、なかなか「馬鹿じゃないと付き合いきれない」感じがするのではないでしょうか。

「ポジティブシンキング」してないと駄目だ、という感じが全面に出ていて、つまりダメだ、というメッセージがひしひしと伝わってきて、だからダメなんだ現状では駄目だ頑張らなくちゃ、ポジティブシンキングを勉強して訓練しよう、でないと駄目だ、という気持ちになってくるのではないでしょうか。だから、ポジティブシンキングはダメなのです。

何を書こうと思ったのかわからなくなりましたので、今回はこれでやめにしますが、今後時々、ポジティブ思考についてより深く取り上げてみたいと思います。

いつものことですが、何かを読んだわけではないので(私は基本的に読書はしないので)自分で考えただけの話です。

ちなみにpositiveという単語はいろんな意味がありますね。
http://ejje.weblio.jp/content/positive

ポジティブシンキングのポジティブは「積極的」「楽観的」というような意味かと思います。

文部科学省が、放射線量や放射性物質分布の詳細地図を発表


ひろしまのピカ (記録のえほん 1)

すでに新しくもないような情報ですが、東京はすべて安全、長野や静岡も汚染なし、という地図になっています。

放射線量等分布マップ拡大サイト|文部科学省
http://ramap.jaea.go.jp/map/