「引き寄せの法則」説は、「偶然」という不条理に耐えられない心の弱さのカルト的表現。「日月神示」教はカルト!

神の目にはすべての因果が明らかだろうが、人間にはすべてを知ることは許されていない。それは人間である限りは誰にもできないことであり、最後までできないことである。このことが大切。

神の目には「必然」であっても、人間にとっては、どんなに頭を絞っても(頭が狂っていない限り)「偶然」としかみなし得ないことがある。

この事実を直視できない心の弱い人間が、「引き寄せの法則」説や「輪廻転生」説に走る。

人間が生まれながら不平等に出来ていることは、「不条理」であるし、事実である。

肌の色、才能、資産、親、遺伝、容姿、など多くのことが当人の意思や責に帰すべき事由によらないで、ほとんど生まれつきに決まってしまう。

肌の色は生まれつき決まる。それによって現実に大きなハンディキャップを負うもの、特権を得る者、さまざまである。白人ならば世界中どこに行っても特権的な扱いを受ける。有色人種なら世界中どこに行っても白人に比べて不利な扱いを受けることが多い。これらは生まれながらに決まることである。

このような人間の世界の「不条理」に耐えられない心の弱い人間が、心のもやもやをすっきりさせる為、「輪廻転生」説や「引き寄せの法則」説にすがり、合理化を求める。

ある人は、目当ての異性の誘いを受けて心踊り、着飾って家を出た直後に、交通事故に遭い、障害者になる。

これは「偶然」であり、何の「因果」でもなければ、「引き寄せ」でもない。

一部の、オカルト的な政治経済ブログが盛んに宣伝している「引き寄せの法則」説や輪廻転生説は、われわれが不条理な偶然に充ち満ちた世界に生きており、これからも生きていかなければならないこと、人間である限り「すべてを知って満足する」ようなことはあり得ないこと、を直視し耐えることができない心の弱い者の逃げ道であり、そのような逃げ道を用意する一種のカルトであると言える。

このような「心の弱さ」が人種差別等の土壌になることに注意しなければならない。

タイの仏教は肌の色の黒い者が現世で不当に扱われることを、「前世の行いが悪かったから黒い肌に生まれた」と説明し合理化する。障害者についても同じである。

仏教の影響の強い国ほど肌色差別(色黒差別)が激しく、「引き寄せ」論や「輪廻転生」論、即ち、【本人責任論】的な合理化が盛んに行われているのである。

カルトの特徴は、心理的な「脅し」にあり、健全な要求の力を内に向け、自虐的な方向に誘導し、そこに慰安を見出させるところにある。(この成り行きについては、ニーチェの「道徳の系譜」が面白い)。

障害者が「健常者になりたい」と願うことは、決して叶うことはないが、それにもかかわらず、「健全」である。

そのような障害者に対し「健常よりも価値があることがある」「障害は個性である」などと誘導し慰撫しようとし始めるなら、カルトである。それは健康な生に逆行しようとする思想という意味で、自虐思想と言える。不幸な者に自虐的な慰安を与えつつ増殖するのがカルトである。

「あなたの障害は、あなた自身の心が作っている」と説教し始めるまであと一歩である。

その人は自分の心が障害を作っているのだと洗脳されることになるが、心をいくら入れ替えても障害はなくならない。

それはよっぽど重い「罪」が心に宿っているからに違いない、ということになるだろう。その「罪」は、「因果」でも「因縁」でも何でもいい。

大抵の宗教の「脅し」、「脅し」系の宗教の論理はこのようなものである。

気の弱い人に対して、「すべてはあなたの心が引き寄せているのです。心を入れ替えない限り、ますます悪くなります」と説教すれば、気の弱い人はたいてい内省的なので、「そうかも知れない」と真剣に思い込み、怖くなる。

この説教が十分「脅し」になっていることに注意すべきである。

「引き寄せ」法則を振り回している者は、明らかにカルト的な手法で、気の弱い者を「脅し」によって【帰依】させることを画策していると見てよい。

インターネットに表れている「日月神示」教を見ていると、1930年代の「日本主義」とそっくりなのではないかと思う。

「日本」精神こそ、古今東西の文明・文化・宗教すべての良いところを集め、悪いところをそぎ落とした、素晴らしい完全な精神文明であるという、無内容な妄想が「日本主義」である。

「日月神示」教もほぼこれに等しい。彼らはきまって「引き寄せの法則」の信奉者である。

日本では、社会不安・危機の時代にこのような無内容な何でもありの「総合」主義が流行し、人々を全体主義・排外主義への導くことが多い。

「引き寄せ」思想は一種の心的因果思想であり、輪廻転生説の一環である。

「引き寄せ」説は、あらゆる現実は当人の心のエネルギーが「引き寄せ」た(=望んだ)ものと解釈する。

最近の輪廻転生説でも、「前世の報い」とか「因果」という言葉は使わず、「高度の自己」の意思によって「学ぶために」この生を望んだ、などと説明する。まさに「引き寄せ」説である。あるいは、前世の「波動」が今生の境涯を結果したなどという。波動は共鳴するということであり、引き寄せ説にほかならない。

「引き寄せ」説は輪廻説と一体であり、インド系のカースト差別思想は輪廻説と不可分のものである。

Destroying the World to Save It: Aum Shinrikyo, Apocalyptic Violence, and the New Global Terrorism
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