Monthly Archives: August 2009

政権交代

劇的なものは何でも見てみたいので、今回の民主党の圧勝ばかりは日本でテレビにかじりついて見ていたかった。

今回の選挙で証明されたことは、日本でも、どんな有力な政治家も選挙で議席を失いただの人になりうるということである。どんなに権力を固めて各方面に支配力を及ぼしていても民意が離れてしまえば、日本でも、すべて失うことがあるということである。日本もそういう国になったということだ。これは誉むべきことである。

だから民主党に権力を渡したら危険なことになるとか、そのような発想即ち民主制のプロセスが機能しないことを前提とした発想は、既に無効である。

例えば、十分な国民的な議論を尽くした末に、外国人に参政権を与えた方が良いと国民の大多数が納得するならば、それが国民の選択である。国民が納得しないことを強行するなら次の選挙では負け権力を手放すことになる。民意に反する法律や国民が過去の選択の愚かさに気づいた法律は改廃されなければならない。

これらのことを否定する者は、議論の責任を回避しながら他人を従わせようとしているにすぎない。

100年、200年先の日本を考えなければいけないというのなら、自分の生きていない未来の日本のために行動出来るような思想を、自らも体現し、他にも宣布するほかはないだろう。

コタバルに戻る

昼前、ナラティワトの「タンヨン」ホテルをチェックアウト。

モトサイでナラティワトのバスターミナルに行き、タクバイ行きのミニバスのチケットを買う。ミニバスはすぐに来る。12時前に発車。

一時間ほどでタクバイ着。特に検問等もない。タイ深南部は不穏だといっても、チェンライ=メーサイのバスで日常やっているほど厳しい検問はない。タイ北部でタイ警察がやっているような少数民族虐めは、ここではできないのだ。

ムラユはイスラム世界とつながっている。だからタイ族ごとき雲南出の蛮族がやたらなことをできる相手ではない。

その意味で、タイ深南部の少数民族はまだ救われている。いくら報道が深南部テロを騒ぎ立てても、軍や警察に恣意的に殺されても誰も騒いでくれないタイ北部山岳少数民族ほど悲惨になることはない。

タクバイで出国手続きをし、艀で川を渡り、マレーシアの入国手続き。

タイは15日しかくれなかったが、マレーシアは今度も気前よくビザ無し90日くれる。

マレーシア側に出るときは役人が控えている税関を通らなければならなかった。チェックはされないが、そこ以外を通ってはマレーシアに入れないようになっていた。タイより税関が厳重である。

税関を出たところにあるバス停で、コタバル行きのバスに乗る。

午後3時過ぎにコタバル着。今回はホテル・ポリタンPolitanに入る。エアコン・ホットシャワー付60リンギ。

タクバイ(Tak Bai)=プンカランクボール(Penkalang Kubor) 艀

タクバイ(タイ)のイミグレで出国手続きをし、大きな川を渡ってプンカランクボール(マレーシア)へ。

道路のように見えるのは艀(というのか「フェリー」というのか)の甲板。艀には車も載っている。自家用車でこの国境を越えていく人も、少数ながらいるようだ。この国境はそれほどにぎわってはいない。


艀のエンジン。





マレーシアが見える。


プンカランクボールの桟橋(ジェティ)。


桟橋に着く。


プンカランクボール

ナラティワト最後の晩 30日


ムラユの人たち(マレー人ムスリム住民)には、本当に親切な人がいる。飯屋なのに、マンゴをひとつ買ったらご飯と焼き魚をただで付けてくれた。2度ほど買い物をしたら、次にはただで飯を食わせてくれた。

それに比べてやっぱり感じが悪いのはタイ族である。

ホテルのエレベーターで出くわした若いタイ女(タイ人丸出しの顔だったが)は、私が外国人だとわかるとタイ訛りの英語でべらべらとしゃべりかけてきた。

(売春婦ではなかったが)ナラティワトにはビジネスで(嫌々)来ているだけだといい、私がツーリストだと知ると、「トラベル」でこんなところに来ているのかと驚いていた。

そして、深南部は危ないから夜は出歩かないほうがいい、などと説教を始める。タイ族からは聞き飽きた話である。私はもう10日ほどこの辺にいるというと驚いていた。

要するに、「ムスリムだから怖い」というタイ族の発想で、朝鮮人は怖いとか部落は怖いと言っているのと変わらない「お約束」が何より先に立つ「恐怖」である。

彼らタイ族は、ここからマレーシアに行くことなど思いもよらない。私がツーリストだといえば、当然のようにバンコクから来たものだと思い込む。マレーシアからここに来てマレーシアに戻っていく「ツーリスト」がいるとは思いがけもしない。

彼らにとっては、深南部が怖いところならマレーシアは地獄のようなところだろう。ところがそこを通り過ぎて「シンガポール」になると彼ら得意の嫉妬と憎しみの対象になるのだ。

タイ人はタイのことはすべてタイ人がいちばんよく知っていると思いたがり、そういうふうに言い張るのだが、それも一種の排他的な「差別意識」に近い意識である。しかし、タイ人がナラティワトのことを私よりよく知っているとは限らないだろう。

ナラティワトに行ってテロに巻き込まれる確率よりも、バンコクやチェンマイに行って交通事故にあったり悪党にひどい目に合わされたり、わけのわからない逆恨みでタイ人に殺されたりする確率のほうが大きいと私は思う。

タイ族は、アメリカ(軍とCIA)の庇護の下で、少数民族を弾圧し搾取してきたし、自分たちが日ごろ散々少数民族を侮蔑し足蹴にしているので、少数民族が多数の地域に一人で来れば怖いと思うのだろう。

しかしそれは、彼らの業(ごう)とは無縁な外国人には関係のないことである。

ところが彼らタイ族は、外国人にもタイ族の屈折した感性を押し付けようとする。日本人観光関係者などは喜んでそれを引き受けてしまう。そして日本のガイドブックなどはタイ族の歪んだ差別的な感覚を基準にして記述されることになる。

アメリカの支配層には「戦争屋」と「銀行屋」の対立があるという話がある。「戦争屋」は、軍産複合体とCIAなど諜報組織およびシティバンク、ブッシュ一族などで、「銀行屋」はゴールドマンサックスに代表されるニューヨークの資本家たちだということ。

こういう分類で行けば、タイを支配しているのは明らかに「戦争屋」である。今後、アメリカの「戦争屋」が没落していくとすると、タイも影響を受けざるを得ないだろう。


タイでは『コーヒー』が通じない (携帯圏内自動投稿・時差あり)

タイの西洋風喫茶店では、coffee,black coffee,hot coffeeなどという単語が全く通じないことが少なくない。一回の発音で聞き取れないというのではない。何度発音しても通じない。

こんな国は私は他に知らない。日本ですらなんとか通じるだろう。

ナラティワトあたりのマレー人の女の子なら、本当に困ってしまって「マイカオチャイ」と愚図り出すくらいのことが多いが(マレー人でもタイ語が第一言語になってしまっている人が町には多い)、タイ族の場合は自分のハクチぶりをすぐに相手のせいにしようとする。最悪の「しかめっ面」もその手段の一つである。

事情はさっぱり理解しておらず、理解できないし、理解しようとも思っていないが、とにかくすべて相手のせいにする技術としてのしかめっ面、というのもタイの文化である。

ナラティワトの街中に見つけた現代的な喫茶店。他の町なら毛唐が陣取っているのがタイでは普通なような店。しかし、ここは外以上にタイ族色の強いところだった。横柄な態度のタイ族が目立つ。深南部はタイのマレー半島植民地なのだ。8月23日。

ナラティワトのマレー人の店で (携帯圏内自動送信)

小銃を持ったタイ族の若い武装警察が二人、飲み食いして出て行く。カネは当然のように払わない。

写真はコピ・スースー。

22日午前2時。またコピを飲みに行く。ナラティワトの街中は深夜出歩いても危ない感じはまったくしない。チェンマイなんかの方がきっと危ないだろう。特に野良犬が。

イスラム圏の良いところは、豚を食べないことと犬があまりいないこと。もちろん、毛唐が少なく、いても比較的小さくなっていることもある。

ナラティワトでも野良犬はほとんど見ない。たまにいても、吠えるようなことはない。人間に吠えかかるようなことはありえない。

タイの犬のように人の社会的地位まで読み人種を見極めて吠えるかどうかを決め、相手の立場が弱そうだとなると他の犬と連絡を取り合ってグループで吠えかかり、こちらが向かって行くと逃げ、先に進もうとすると後ろからしつこくついて来て吠え、さらには後ろから噛みつく、というような犬どもは、イスラム圏では存在を許されていない。

タイの犬の性格はタイ人そのものであり、タイ族は犬のような民族である。

犬というのは本当に卑しい動物であるといえる。

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ナラティワト 毛唐がいないタイの海 (携帯圏内自動送信)

タイのビーチであって毛唐がいないことがどんなに奇跡的なことか、どんな僥倖か、わかる人にはヒシヒシとわかると思う。

東南アジアには反米欧的なイスラム主義が必須であることもわかると思う。