ツイッターをやめてブログを書こう

ツイッターをやめてブログを書こう。

ブログというと一応整ったエッセイを書かなければならないようなイメージがあるが、そんな決まりはない。

確かに、欧米ではそういう傾向はあるらしい。素人が日記を書いても相手にされないので、ブログを書く以上、学問的内容があるか政治的な主張のあるエッセイが普通らしい。

しかし日本は出発点からして違う。ブログが流行り始めた2004年前後、雨後の筍のように生まれたブログの殆どは素人の日記ブログだった。ニフティあたりが文章の書ける芸能人を使って素人を煽っていた。当時、日本では、プロのインテリがインターネットに何かを書くということは殆どなかった。

そういうわけなので、日本ではそもそもブログもツイッターも匿名掲示板も本質的な違いはない。単に字数や制約が違うだけである。

ただ、ツイッターのような大衆SNSは運営者によって恣意的に閉鎖されることが多く、数年間の自分の軌跡が白紙にされるようなことが多い。長く使っているとその場所に依存しがちである。自分のツイッターをメモの代わりにして検索して使ったりするが、全部ゼロにされてしまうことも実際にある。

それにサイトというものは、なんであれとにかく情報量が多いのが、少ないのよりは強いと思う。ツイッターに垂れ流していたものを、ブログにぶち込んでいたら、それだけでブログの価値が上がっていた可能性がある。ブログのテーマが決まっている人や実名のリア充で公報に使っているような人は別だが、思いつきを書いてるような日記ブログならツイッターと変わらない。

ブログも閉鎖されることはあるが、会社を選べばSNSよりは恒久性がある。(Google Bloggerだけはやめたほうがよい。他のサービスのトラブルで、あるいはクラウドに非公開で上げたコンテンツが原因で、アカウントがbanされた場合、一瞬に全部終わりになる。Googleは個人の非公開コンテンツも検閲している。他の会社はGoogleほど居丈高ではないので、ブログ全体を閉鎖するような時は事前に警告があると思う。Googleでは、自分の幼い子供のチンコに出来た腫れ物をアンドロイドスマホで撮影しただけで、直ちにクラウドコンテンツの検閲に引っかかり、アカウントごとbanされて全て使えなくなったという実例もある。GooglePhotoかPicasaかに自動アプロードされ、「児童ポルノ」認定されたらしい。この被害者は後の交渉で回復できたようだが)

April 30, 2017 at 06:06PM

Take a look at @RepUruma's Tweet: https://twitter.com/RepUruma/status/858564971399069697?s=09

>今このタイミングに欧米行きたがるアジアンは情弱だね。日本人は自称名誉白人だからまだ欧米にこだわってるけどさ。大金はたいてわざわざ差別されに行くようなもんだ。その空気はホワイトと会話してるとよく分かる。 https://t.co/sYbqbox90d

April 30, 2017 at 04:18PM

45歳でアイドルだそうだ。ジャニーズと聞いても、性的虐待の被害者というイメージしか浮かばない。差別かも知れないが、そういう色眼鏡で見てしまう。

先日台湾の「緯來日本台」でキムタク主演の外科医のドラマを見たが、ジャニーズイメージがなければもっと良いドラマになっていたように思った。50歳近くになっても美少年気取りで、何に出ても目をくりくりさせて首を傾げて拗ねたようなふりをする。斜に構えて見せる以外の表現ができないタレント。それ以外の表現を許されず、美少年キャラのまま年をとってしまったのは気の毒。

カネと権力を持ったオヤジが男児を性的に食い物にするシステムが、批判もタブーにされ、野放しにされてきた日本。(女児の搾取は最近公然にはできなくなったが、男児は黙認のようだ)。人身売買や子供の性的搾取について国際的な批判を浴びるのは当然ではないか?

マツコは木村拓哉のタブーに踏み込んだのか? キムタクの本音トークはポーズだけ、みんなが忖度してふれない「あのこと」|LITERA/リテラ

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しかし、実際には、解散の真相に斬り込んだ質問など誰もせず、キムタクもまわりのヨイショに乗っかって、結局、“俺さまトーク”を繰り広げるだけ。たとえば、『ミヤネ屋』では「宮根がどうしても聞きたかったあのこと」などと散々煽りながら、宮根が口にしたのは「サーフィンってそんなにいいんですか」みたいな質問だった。唯一、黒柳徹子が「解散して、その後どうなったの?」「(騒動の渦中)みんな会ったときはどういう感じなの?普通なの?」「普段は、仲がいいわけではない?」などと質問していたが、キムタクはまともに答えず、結局お決まりの『ONE PIECE』みたいな船と仲間のたとえ話に逃げるだけだった。

ようするに、キムタク自身がひとり「おれ、こんな番組にまで出てすごいフレンドリーなトークだってしてるでしょ、新しいキムタクを見せてるでしょ」「話しにくい解散のことだって話してるぜ」と悦に入っているだけで、本音なんて何一つ語っていないし、新しいキムタクも見せてはいない。むしろ、いままで以上に周囲に気を使わせ、「木村さんがこんなことを話してくれるなんて」と無理やりよいしょをさせているだけだ。

April 30, 2017 at 03:04PM

癌は放置が良い
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"多くの人がイメージするがんの苦しみとは、実際にはがんそのものよりも、適切ではないがん治療によって与えられているのである。

だから私はがん患者がもっとも苦しまず、もっとも長生きできる方法ががんの放置だと考える。"

天皇メッセージ

「天皇を含む多くの有力な皇族との議論に基づくものと考える理由がある」GHQシーボルト外交局長

「屈辱の日」と天皇メッセージ 沖縄切り捨て、差別の原点 – 琉球新報 – 沖縄の新聞、地域のニュース

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ソ連侵攻の防衛線に 昭和天皇 48年、2度目のメッセージ

1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効してから28日で65年となった。敗戦後、連合国軍の占領下にあった日本は条約発効で独立を果たしたが、沖縄や奄美は日本から切り離された。その原点は昭和天皇が米側に対し「25年から50年、あるいはそれ以上」沖縄を米国に貸し出す方針を示した天皇メッセージだ。

米政府側が終戦直後に日本の占領政策を策定するさなかの1947年9月、沖縄の米軍占領継続の希望を伝えた昭和天皇の沖縄メッセージに加えて、翌48年2月に2度目の“天皇メッセージ”といえる考えが天皇側から米軍側に伝えられていた。皇室と連合国軍総司令部(GHQ)との連絡係を務めた宮内府御用掛の寺崎英成氏が、ソ連の侵攻に備え「琉球」を含む日本列島からフィリピンを防衛前線とする考えを米側に伝達していた。

共産主義国家による侵攻を懸念し、反共の観点から「日本」を守るとりでとして沖縄の軍事基地化を提案し、さらに「日本」の防衛を米軍に委ねるという施策を積極的に展開していた「天皇外交」の姿が浮かび上がる。

寺崎氏は、GHQのウィリアム・シーボルト外交局長に対し「南朝鮮、日本、琉球、フィリピン、そして可能ならば台湾を米国の最前線地域として選ぶ」のが現実的施策だとする考えを米側に伝えた。

寺崎氏の提案を受けシーボルト氏は、米本国への電文で「寺崎氏の個人的見解を示しているにとどまらず、天皇を含む多くの有力な皇族との議論に基づくものと考える理由がある」と説明し、天皇側の意向を反映したものだとの認識を示した。